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「婦人の編んだ髪」改訂版

※こちらは、2020年7月のオンライン個展内で発表したファンタジー私小説に修正を加えたものです。


婦人の編んだ髪


ネジバナ ネジリバナ モジズリ
学名:Spiranthes sinensis var. amoena
ラン科ネジバナ属。
多年草。
花言葉は「思慕」。

これは、わたしが世界で一番好きな花。

ランの形をした小さなピンク色の花が、茎にくっ付くようにして螺旋を描きながら咲く。
素朴でありながら個性的な姿をしたその花は、くねくねとまわり道をしつつも、空に向かって伸びていく。


わたしと婦人が出会ったのは25年以上も前のこと。

わたしは2歳だった。
その日は、母親に連れられ近所を散歩していた。
途中の空き地で、ウサギのぬいぐるみを抱きしめながら黙々と花を摘む。
タンポポ、シロツメクサ、それからこれは・・・
ピンク色の細長い花を見つけた。

「おばちゃん、この花なんていうの?」
母親が止めにいくよりも先に、わたしは目の前にいる女性に声をかけた。

「これはね、ネジリバナっていうのよ」
女性は優しく答えた。

婦人は、わたしの人生におけるはじめての友人となった。


数年前。
大人になったわたしは彼女と再会した。

眩しいほど鮮やかな緑色のコートに、明るい色のショートヘア。
印象的な二重の大きな目。
かすかに香るパフューム。
昔と何も変わらず、カラッと笑う。
いつまでも素敵な人。

「よっちゃん!」
と呼ばれると、わたしは幼い日の自分に戻る。


1番小さいのだけいつも家出してしまう、ロシア土産のマトリョーシカ。

サワークリームとマーマレードがたっぷりと塗られた小さなトースト。

物置小屋の奥に眠る、ガラスケースの貴婦人は華麗なドレス姿でいつも舞踏会の準備をしている。

緑の芝生の上の雨露は優しく微笑んでいる。

婦人の昔の家で出逢ったものたち。
だいぶ前に引っ越してしまったから、もうその場所にはないと分かっているのだけれど。


ネジリバナはわたしたちを引き合わせてくれた、可愛くて控えめで、ちょっと不思議な花。

ああ、彼女に会いたい。
ぼんやりとそんなことを思い浮かべる夜。
静かにカーテンを開けて空を見上げると、星々もきらきらと輝いて見えるのだった。

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