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【エッセイ】大権現のご褒美

 読者諸君、ご機嫌よう。仕事やプライベートに励んでいるだろうか。昨日、私は遅めの初詣に行ってきた。向かったのは、近所の小さい神社である。おそらく、この場所に祀られし神が私の健康と栄光を絶えず見守っているのだろう。一つ文句を言うならば、もう少し栄光が欲しい。健康は現状維持を願う。ないものねだりは人間の嵯峨である。欲に抗おうともしない私だ。

成年の主張

 さて、今回は皆へ声を大にして伝えたいことがある。この気持ちを全世界に届けたい。さすれば、世界各国の民は、昨今の不安定な情勢下でも喜びの笑みを浮かべるだろう。私はそう確信している。この確信が世界の革新へ向かうことを願うばかりだ。
 いやはや前置きが長くなった。それでは発表しよう。カウントダウンはいらぬ。いくぞ。

───親孝行、または祖父母孝行には、屋形船を使うとよい。

 今日はこれで満足である。それではまた。……という訳にも行かぬ。主張には根拠が必要だ。すまぬ、根拠とエビデンスという言葉がゴキブリの次に苦手なのだ。職場ではやたら理屈っぽい上司に、根拠はどこにある、エビデンスを教えてくれ、とひたすら口撃を浴びている。ご斟酌願いたい。

おじいさまについて

 知らぬ読者諸君が多いはずなので言っておく。私は社会人1年目の雑魚である。一介の雑魚が屋形船で孝行とは何とも生意気だ、と蔑む者は前に出てきたまえ。貴様の感想は大正解だと言ってやろう。しかし、社会人1年目にして至高の孝行を成功させるべく、熟考と推敲を重ねたのには、確固たる意向があったのだ。単なる趣向ではない。

 我がおじいさまが、船好きなのである。元消防士であるおじいさまは、定期的な見廻りで一日中船を乗り回す事が多々あったようだ。定年後も所有する船を運転し、釣りや潮干狩りへ出かけていた。私も小さい頃はよく連れて行ってもらった事を覚えている。そんなおじいさまは御歳82。まだまだ元気だが、さすがに少しばかりの衰えが見え始めている。船には乗らなくなり、五年ほど前に売ってしまった。
 おじいさまには恩返しをしたかった。私が辛いとき、苦しいとき、親と喧嘩したとき、おじいさまはいつも私に寄り添ってくれた。私にとって、大権現とも言える存在なのである。どうしても、おじいさまが元気なうちに直接的に何か壮大なお礼をしたかったのだ。
 そこでだ。私は一計を案じたのである。かつて、おじいさまが安全を守っていた隅田川のその上で、一家団欒の時を過ごそうではないかと。さすれば、過去を懐かしみながら新たな思い出ができる。そうして、私は屋形船に白羽の矢を立てたのだ。

素晴らしき屋形船

 調べてみると、適任の屋形船を発見した。品川の乗船場から東京湾へ下り、その後に隅田川を遡上していく。スカイツリーに近い、永代橋手前で折り返し、来た道を戻るという航行のようだ。船内では、掘りごたつで食事を楽しめる。展望デッキもついているため、お台場やスカイツリーの夜景を堪能できるのだ。船は手入れが行き届いており、非常に綺麗。今の季節、外は少し寒いが、船内には空調も完備されている。圧巻だ。これほど私の要望を満たしてくれる船が他にあるだろうか。おじいさまの故きを温ねて屋形船の新しきを知った。現代における温故知新男とは私のことだ。

 我がおじいさまだけではない。偏見だが全国のおじいちゃんも皆、川や海が好きであろう。読者諸君らはすぐに屋形船の予約をして、おじいちゃん孝行への第一歩を踏み出すと良い。

展望デッキからのスカイツリーである。

料金

 もちろん、安くはないぞ。平凡な社会人1年目には痛手となる出費であった。食事によって料金は異なるが、私は一人11,000円のコースを選んだのだ。それを6人分である。口座から引き落とされた額を確認したときは、一瞬笑いが溢れそうになったが、また稼ぐしかないと切り替えた。これからも先輩に頭を下げてひたすらに仕事をするしかない。そう思って、天を仰いだことを覚えている。仰いだ天には、おじいさまの顔が浮かんだ。笑いが溢れた。

団欒の時である

 そして、孝行の当日。家族が品川に集まる。ちなみに我が家の家族構成は、父、母、長男の私、次男、三男、おじいさま、である。おばあさまは、私が小学四年生の時に旅立たれたが、今日ばかりは共に乗船するべく帰ってきているだろう。おそらく近くにいる気がした。出発は17時半で終着が20時。約2時間半の周遊となる。さぁ、一家団欒の始まりなのだ。
 家族は皆、楽しみにしてくれていた。彼らの嬉しそうな顔を見ると、やはり用意した甲斐がある。船の待合所では、久々に家族全員で写真を撮った。写真でも皆、いい顔をしているではないか。何か大切な時間を過ごしている気がした。

次男&三男
「よっ。来てやったぞ」


「来てやったとはなんだ。親孝行・おじいさま孝行が目的のところ、仕方なく私が貴様らも招待してやったのだぞ」

次男
「実の弟はおまけって訳ですか」

三男
「最低な長男だな」


「貴様らは両親とおじいさまのおこぼれに預かっていることを忘れないでくれたまえ。全く。二人追加するだけでいくらかかると思っているのだ。こちらの苦労も知らないで」

次男
「もっと働けよ」

三男
「もっと稼げばいいだけだろ」


「クソ兄弟が」

 かくして、いつもの軽口の応酬を挟みつつ、我々は乗船し、遊覧の旅に出た。その旅は、この上無いほど愉快であった。家族全員が喜色満面の様相を呈していた。素晴らしき料理の数々。素晴らしき船からの眺め。掘りごたつを始めとした、温かな船内。食は進み、会話も弾んだ。窓からの景色に感心する皆を見るのも、また一興であった。しかし、肝心なのはおじいさまだ。おじいさまからは、まだ一言も頂けていない。もともと言葉数は少ない御方だが、さすがに今日は感想を頂戴したい。

三男
「天ぷらうめぇ」


───汚らしい感想だ。

次男
「何このタコみたいな食べ物」


───タコである。


「凄い、お刺身美味しい!」


───そうなのだ。この屋形船が出す刺身はとても美味しいのだ。さすが母。いい感想をありがとう。


「あ、あの橋。俺、昔よく使ったわ」


───おぉ。景色が懐かしきを思い起こしているようだ。父も楽しんでいて何より。

おじいさま
「………」


───おじいさま、感想はまだだろうか。そろそろ何かしらお褒めの言葉を頂戴してもいい具合な気がするのだが。

おじいさま
「………」


───おじいさま。どうなされた。顔はとても楽しそうだ。しかし、私への言葉が届かないな。ご飯はたくさん食べているようだ。82歳とは思えぬほどの食欲でバリバリとコース料理を食べ進めている。その調子で、さぁ、本日の我が殊勲にお褒めの言葉を、どうぞ。

おじいさま
「………」


───ぬ。

 約1時間半が経った。船は折り返して、品川に戻っていく。家族はスカイツリーやお台場を背景に再び写真を撮った。コース料理も堪能した。デザートにはケーキまで用意されていた。皆、これ以上ない満足な顔をしていた。しかし、私だけ未だ微妙な顔。毀誉褒貶が甚だしく下手な私が申し上げるのも誠に勝手かもしれぬが、おじいさま、そろそろ私へ褒賞どころか激賞を与えてはくれませぬか。

 あっという間に時間は過ぎ、船は元の船着き場に戻ってきてしまった。私は諦めかけていた。人生は厳しいと、我がおじいさまは教えてくれているのだろうと。しかし、下船しようと皆が掘りごたつから立ち上がったその時、ついに待ちわびた瞬間がやってきた。

おじいさま
「今日は素晴らしい日だった。ありがとう!!」

 あまりにも力強い口ぶりに、感激という言葉で収まらぬほど心が動いた。屋形船、やはり孝行にお勧めである。おじいさまには、いつかおばあさまと再会し膝を付き合わせて話す時に、今日の日の思い出を話してほしい。そう思った。
 ちなみに、今回利用したのは「船清」という会社の屋形船だ。読者諸君も、機会があれば乗ってみてほしい。


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