【エッセイ】上司が講釈を垂れている。私は真に受けていいものかどうか迷っている。上司は私よりも長いこと生きて、私が知らないライフイベントを乗り越えている。会社の中で私よりも地位が高い人でもある。ゆえに上司の言う事はある程度聞き入れるべきで、かつ上司という存在は敬うべきだ。しかし、このじじいの話は訳が分から、、。
読者諸君、お変わりなくお過ごしだろうか。最近、突如として寒くなってきた。くれぐれも風邪を引かないようにしたまえ。私はというと、夏を迎えた以降、電気代の節約を続けている。クーラーを使わず、扇風機の風を体へ直に当てながら寝ているのだ。すると、起床時に死ぬほど体が冷えている。風を浴び、風邪を引きそうな私だ。
今日は手短に上司の話をしよう。優しいけれど能天気で愚鈍なおじさんの話だ。柔和な容貌の坊主頭なので、ここではエセ菩薩と呼ぶことにする。
エセ菩薩(以下、菩薩)
「はい、じゃあ一ヶ月に一度の面談だね。気楽に始めようか」
私
「よろしくお願いします」
菩薩
「最近、何か職場での悩みはあるかな? 新入社員として配属されてから二ヶ月ぐらいになるけど」
私
「いや、実は先輩と上手くいってなくて……」
ちなみにだが、私は一つ上の先輩と馬が合わない。馬が合わないというより、先輩が気分次第で大きく態度を変えてくるので、コミュニケーションが取りにくい。機嫌が悪い時の先輩は、それはもうゴールドシップ並みに荒れる。馬好きの人は分かるだろう。そんな先輩を新入社員が乗りこなせる訳がない。馬が合わないし、馬も合わせてくれないのだ。まぁ、先輩の話はこれぐらいにしておこう。今日のメインはエセ菩薩である。
菩薩
「どんな風に上手くいってないのかな?」
私
「1番の問題点はコミュニケーションが取りに──」
菩薩
「あー、そうなんだ! ごめんね、気づいてあげれてなかったよ!!」
私
「あ、はい。この状況を何とかしようと思っ──」
菩薩
「あれだね? 気軽な相談とかもできなくなっちゃってる感じだ?」
私
「そうですね。私としては今のままでは──」
菩薩
「他の先輩は優しく助けてくれてるんだよね? 私にはそう見えるのでそこは安心しているよ」
私
「…………」
菩薩
「わかった! 私からも先輩に話してみるよ。一度、関係性が離れてしまうとチームとして上手く仕事ができなくなるからね。ほら、よくニュースで見るでしょ。付き合ってる時はあんなにラブラブだったのに、すぐに離婚する芸能人とか。結婚したら人が変わっちゃって離婚とか。人間は表面上だけ良くしても、中身を磨かないと長い付き合いは出来ないからね。そういう意味でもお互い何かを変えないとだね!!」
───私の!!話を!!!聞けぇぇええ!!!!!
随分とペラペラ喋る菩薩である。耳が退化し、口だけやたら機敏に動く特殊な進化を遂げているようだ。私の悩みなど飛び越してゴシップの趣味を滔々と語り出す様は、あまりにも俗っぽくて菩薩には程遠い。やはり似ているのは見た目だけ。エセ菩薩を命名したことに間違いはなかった。
そもそも面談とは何であろうか。お喋り坊主のくだらない戯言を一身に浴びる時間なのだろうか。
済まない、怒りで口が悪くなってしまった。お喋り坊主ではなく、エセ菩薩だ。もう少し冷静になろう。しかし、少なくとも彼に対話する気がない事を、私は悟ったのである。
かくして、面談は終わった。悩み相談は失敗に終わった。職場での私も色んな意味でそろそろ終わるのではないかと思った。
しかし、後日、そんな私の暗闇に光明が差す。エセ菩薩に呼び出され、再び膝を突き合わせることになったのだ。
菩薩
「こないだの事だけど、先輩とも少しだけ話したからさ」
私
「どうでした?」
菩薩
「先輩も先輩なりに悩んでるところはあるみたいだよ。だから、二人の関係を初めからやり直そう」
私
「初めからやり直す?」
菩薩
「そう! 今までのいざこざは全部忘れて一旦リセット! 今日からはまた新たな二人で関係性を作り直そう。今は気軽な話もできなくなってるんでしょ? だったら、雑談とか世間話とか、そういうこともどんどん話していこうよ。ここまでの事は全部無し! 全てリセット! っで、もう一回初めましての気持ちで接して仲良くなろう」
私
「…………」
───んな事、できるかボケェェエ!!!!!!
光明では無かった。自己満足の偽善を携えたエセ菩薩が、薄汚い後光を無惨に振り撒くだけの時間だった。
お喋り坊主のこの無知蒙昧な発言はどうしてくれようか。これを飲み込めというのか。リセットとは可能なのだろうか。一度溝ができた人間関係というのは、徐々に回復させるのがセオリーではないだろうか。
大きく空いてしまった溝を、一瞬にして無かった事にするのは無理があるはずなのだ。お喋り坊主は自分の言ってる事が分かっていないのだろう。希望的観測で改善を催促して、現実では皆目見当がついていない事を無視している。初めからやり直そうなんて、恋人じみた台詞をこいつから聞きたくなかった。
口ばっかりが動いて、思考はまるで停止したうえで、ノールックでリセットボタンを押そうとしているのだ。何という上司でしょう。あまりにも杜撰な歳の重ね方ではありませんか。劇的ビフォーアフターに提出したら改善してもらえますか。
すまぬ。愚痴が過ぎたようだ。お喋り坊主ではなく、エセ菩薩だったな。どちらにせよ、本人にバレたらお説教をくらうあだ名ではあるが。
そして先日、それまでと変わらず、私が先輩に怯えながら仕事をしていると、エセ菩薩にまたまた呼び出された。
私
「どうしました?」
菩薩
「いいじゃん、普通に接してるじゃん!」
───んな訳ねぇだろ!!!!!!!!
お喋り坊主はあてにしないことにした。本物の菩薩は高徳で人の悩みを真剣に聞くお方だと思う。どうか、いつか菩薩に会いたい。それか上司ガチャと先輩ガチャをやり直させてください……。
読者諸君、今日は愚痴に付き合わせてしまった。すまない。次は思い人との素敵な思い出でも書こうではないか。きっと楽しい話になるはずだ。しばし待たれよ。それではまた次の機会まで、各々の人生を励んでくれたまえ。