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【エッセイ】騙すとは、稚拙を楽しむレトリック(誕生日前編)

 読者諸君、ご機嫌よう。最近は書きたいことが山のようにあるが、時間と語彙力が今の私にはない。思考力と生命力は仕事に吸収され、辛うじて余った残滓で言葉と踊る。
 すると、偏見や間違いだらけの駄文ばかりが生み出される。だが、たとえ何かを間違えて糾弾されようとも、屁理屈と強弁で脱兎の如く言い逃れを敢行しよう。どうせ残滓で動いている頭はろくな事を考えないのだ。ならば逃げるしかない。私は喋る、されど育たず。
 それでも叩き上げた無駄口を叩きまくり、現代社会で藻掻くのである。誰かが笑ってくれることを夢見て……。挨拶はこの程度にしよう。私だ。


 先週末、我が同朋のメガネ君と渋谷で落ち合った。遂に作戦を実行する時が来たのである。なけなしの金銭と少なからぬ志を胸に、我々は約束の場所に集った。

 私は週に一度は必ず渋谷へ赴く。ヒカリエやスクランブルスクエアはほとんど我が手中にあるも同然だ。言うなれば、埼玉民にとっての池袋のようなものである。温めてきた戦略を決行するにはうってつけの場なのだ。

 ヒカリエの1階入り口で堂々と仁王立ちをして待ち構えていると、メガネ君がやって来た。

「ひ、人が多いですぞ……」

 何とも情けない第一声である。渋谷を手中に収めている男が目の前にいるのだ。大船に乗った気持ちになっていれば良いものを。仕方ないので、メガネ君を安心させることにした。

「そうだな、メガネ君。人が多すぎてゴミのようだろう。つまり、ここら辺にいる人間はゴミだ。そう思えばいい」

「じゃあ、我々もゴミという訳ですな……」

「そうだな。もうそれでいい。かの有名な'人がゴミのようだ'よりも高慢さが無くていいではないか。ならば、我々もゴミの一部だ! と高らかに叫びたまえ」

「よし……。我々はゴミだ!」

「……まぁ、いいだろう。そうだ! 我々は可燃ゴミだ!」

「じゃあ、私は粗大ゴミだ!」

「なんでちょっとマウント取るんだ」

 かくして、我々はゴミとして渋谷を歩き出したのだ。歩き始めるとすぐにお腹が空いたのでお昼ご飯にした。やはり、腹が減っては戦は出来ぬし、渋谷を闊歩することも出来ぬ。取りあえず入ったお店で炒飯を食べつつ、我々は作戦の概要を再確認した。かつかつと、レンゲと器の触れ合う音が小気味よく響く。軽い音とは裏腹に、私は重々しく話し出す。

「メガネ君、今日遂行すべきことを覚えているな?」

「うん。買うのですな? 根暗さんの誕生日プレ……」

「違う! 何も要点を掴んでないようだな、メガネ君。我々は唾棄すべき大魔王こと根暗の生誕際を血で染めるために爪を研ぐのだ」

「そ、そうだったろうか……」

 メガネ君は首を傾げた後、中指でくいっと眼鏡の位置を上げる。我々はしばしの間、無言になった。


───1週間前。我々は電話で話していた。

 私がいつか倒すべき相手と定めた女性、根暗さんの誕生日が近かったために緊急で会議を開いたのだ。

 根暗さんは我々の同期。類い希なる愛嬌と他を射殺すほどの冷淡さを併せ持つモンスターである。どうしてか仲は良い。合縁奇縁というべきなのだろう。残念なことに、私は縁を大切にする情に厚く敬虔な男だった。故に、仕方なく根暗さんの誕生日を祝うことにしたのだ。

「しかし……。ただ祝うのは癪ではないか?」

「何故ですかな?」

「あいつの事だ。我々の様なうだつの上がらない男二人から普通に祝われたところで、心の底では嘲笑するだろう。そうなれば、この祝いは呪いとなり、根暗は陰で我々を'枯れ木'と呼ぶようになるはずだ。特徴が無くつまらない事を揶揄してな」

「あっちが根暗さんなら、こっちは卑屈君といったところですな」

「兎にも角にも、我々は根暗の誕生日をささやかに壊すべきだ」

「どうしてそんなことに? 普通にプレゼントを買えば良いのでは……」

「いいや、決めたぞ。壊すのだ。作戦名、バースデーブレイク。開始!」

────そして今に戻る。

 私とメガネ君は炒飯を完食し、デザートの杏仁豆腐に手を付けながら話を続ける。

「それで、どうするのですかな? バースデーブレイクとやらは……」

「ではこれより、我が戦略の全容を説明する。心して聞くように」

 私は手に持ったレンゲをメガネ君に差し向けた。

「まず、メガネ君には根暗への誕生日プレゼントを一つ買ってきてもらう。そして、私は根暗へのプレゼントを三つ買ってくる。お祝いの当日、我々は彼女に合計四つのプレゼントを披露することになる」

「……? 根暗さんは四つプレゼントをもらうのですかな?」

「そんな訳ないだろう、メガネ君。君は考えが優しすぎる。その四つのプレゼントを根暗の前で開けた後、我々は彼女に問うのだ。『果たして、メガネ君が選んだものはどれでしょう??? 』と。そして、彼女にたった一つしかないメガネ君のプレゼントを見抜かせるのだ。恐らく間違えるだろうがな」

 私はあまりにも間然する所のない至高の戦略に、高らかな笑いが込み上げてきた。

「ふふっ、ふはは……!! もし、根暗がメガネ君のプレゼントを見事当てることが出来たなら、彼女は我々のプレゼントから好きなものを好きなだけ貰える。しかし……」

「し、しかし……?」

「もし、根暗がメガネ君のプレゼントを見つけ出せなかった場合、根暗は私のプレゼントからどれか一つしか貰えない。メガネ君のは私がもらう」

「失敗しても一つはあげるのですな」

「根暗はメガネ君が好きだ。それはきっとメガネ君も分かるだろう。そして私のことは路傍の石ころよりも下に見ている。見ているというか、寧ろ視界に入ることがほとんど無い。ならばだ。自らの目が節穴なばかりに、みすみすメガネ君のプレゼントを逃し、私のプレゼントを強制的に渡された時、根暗がどれほど忸怩たる思いになるかは想像に難くないだろう」

 メガネ君は腕を組み、首を傾げ続けた。彼の中には大きな疑問が残った。

───自分で言ってて悲しくならないのだろうか。まぁ、いいか。

 メガネ君は諦めて疑問を頭から消した。目の前の男が、何も気にせず喋り続けていたからだ。

「つまるところ、上げて落とす作戦なのだ。我々は仮初めの喜びを偽装工作し、彼女は罠に嵌まる。目の前から幸福が一瞬で遠ざかる絶望を味わい、咽び泣いて我々に再戦を要求し、土下座で頭を床に擦りつける根暗が出来上がるという訳だ」

「なるほど、それが……」

「そうだ。バースデーブレイクだ」

「しょ、承知した。君の自己犠牲が多い気がするし、ネーミングセンスの無さも気になるが承知した」

「それは承知してない気もするが、時間が無い。話を進めるぞ」

 メガネ君がはっとしたようにこちらへ顔を向けた。

「まだ何かあるのですかな」

 私は溜息を大きく一つ吐き、呆れたような笑いを見せる。

「なぜ、今日メガネ君を渋谷に呼んだと思っているのだ。今からメガネ君には三時間ほど、根暗のことだけを考えてプレゼントを買いに行ってもらう。渋谷を練り歩くのだ。そして自分なりのプレゼントを買ってきたまえ。メガネ君の情が籠もれば籠もるほど、絶望は深くなる」

 メガネ君は目を見開いた。

「な、なんですと……。渋谷は、私には危険すぎる」

「情けないこと言うな、貴様今年で24だろ。その間に私はカモフラージュのプレゼントを三つ買ってくる。是非とも根暗を完全に騙せる品を揃えよう。それでは後で」

 我々は一度、別行動になった。打倒根暗を掲げて、各自が渋谷中を行脚したのだった。
 そして三時間後、ヒカリエで再び落ち合った時、メガネ君が手にしていたものを見て、私は驚愕した。

「素晴らしい。まさかメガネ君がこんなものを買ってくるとは……!! 私の努力など必要なかったな。当日が楽しみだ」

 その日、帰り際にメガネ君は言った。

「しかし、我々は何をしているんでしょうな」

 一瞬、同じ事を思った。我々は言葉が巧みだとして、考えは確実に拙い。だが、それでいいのだ。自らの浅はかさと拙さを怒濤のレトリックで飾り立てることで、人生はより栄える。バースデーブレイクは、きっと我が人生にある栄華の一端を担うだろう。

 さぁ根暗、チャンスは一回だ。貴様がさめざめと泣く姿を楽しみにしている。

 しかしながら、成功の決まった作戦ほど愉快なものはないな。読者諸君、結果は次の投稿で。

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