<富士山>光と風の中で迎えた地球の目覚め
頂上は風がビュービュー強く吹き、身体を打ち付ける風はすごく冷たかった。
汗で湿ったシャツが冷えて余計に寒さを感じる。
ここは遮るものがなにもない日本で一番高い場所。
つまり僕に吹く風は、まだ何にも、誰にも触れていない初めての風とも言える。
だがしかし、その風は疲労困憊の自分にとってはありがたくはなかった。
8合目を通過したころからだろうか、身体の怠さを感じ始めていた。
高山病特有の頭痛の症状は出ていないが、酸素が薄いということはこうゆうことかと身をもって知った。
足を上げて下げる、その一歩一歩が重い。
なるべく大きく深く吸い込むことを意識し、ゆっくりと足を進めた。
山頂はどうしてこんなに風が強いのだろうか。
次から次と吹く風は、体温が上がる隙を与えてはくれない。
寒い寒いと言いながら、風をいかに防ぐか格闘していた。
「この風はいったいどこまで吹いていくのだろうか。風の終わりってどうなるんだ」
髪をバサバサ踊らせながら、ふとそう思った。
風の終わり方を知ったところでこの状況は何も変わらないと言うのに。
風は目に見えないからどこで生まれて、どこまで吹き続けるのか知りようがない。
そのような苦悶を伴う時間ではあったがご来光はもう間もなくだ。
気付いたら、その瞬間を見ようとたくさんの人が周辺に集まっていた。
視界を埋める雲海に、徐々に光が浮かび上がってきた。
早鐘を打ち始める僕の心臓。
太陽を待ち望む僕には周囲の騒音は何も入ってこない。
風は変わりなく、ビュービュー吹き荒れている。
「まだか、おおきたかいやちがう、もうすぐか」と気持ちが急ぐ。
遠くに、雲海を突き抜けて太陽が少し顔を出した。
「いよいよだ、来るぞ」
僕は身構えた。
次の瞬間、目の前を埋めつくす雲海が発光し始めた。
堰を切ったかのように光は広がり続ける。
無秩序に解き放たれたその光は僕にも迫ってきた。
雲海は光によって陰影が強調されて、まるでそれは、無数の巨大な細胞がうようよ蠢いているかのようだ。
雲は破裂と合体を繰り返しながら大小さまざまに形を変えていく。
無数の発光体からは、焼きつける音が聞こえてきそうな程に変化が激しい。
世界を光が覆うその瞬間を目の当たりにした。
僕はまぶしくて目を細めた。
襲いかかってきそうな勢いを見せながら雲が暴れ出す。
この光景は宇宙の誕生を思わせるような劇的なものだった。
僕はただ立ち竦む。
圧倒、慄き、恍惚。
畏怖の念を抱きながら、眼前の光の狂乱を見続けた。
そして、世界が光に満たされた。
風は絶え間なくゴービューと、僕を、強く冷たく打ち付けていた。