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<安達太良山>鮮やかな紅葉と異世界を思わせる稜線歩きに感嘆
10月始め、緊急事態宣言が解除となったのを機に、夜行バスを利用して安達太良山へ登山をしに行ってきた。今年こそはと楽しみにしていた紅葉を見ること、それが今回の一番の目的だ。
睡魔を振り切り、あだたら高原に降り立つ
バスは23時に新宿を出発し、一路福島県の安達太良山へと向かう。途中2度の休憩を挟み、5時前には登山の出発地点となる、あだたら高原に到着した。夜行バスでの移動には慣れているし、バスでも寝れる性質なのだが、今回はなかなか寝れず、もっと寝たい気持ちが居座っていた。
バスの外に出ると空気の冷たさに肩を縮めた。ここは、高原という名が付く場所であるから、気温は平地よりも低い。ひんやりした空気を深く吸い込み、ぐっと大きく伸びをして、体内の細胞を目覚めさせる。そして、ザックの中からマウンテンジャケットを取り出した。登山の時しか着ないため、これを着ると山に来たなという気持ちがいよいよ強くなる。
夜のとばりはまだ上がらない。夜明けにはもう少し時間がかかりそうだった。僕は、他の登山客がヘッドライトを付けて思い思いの方向に歩いて行くのを見て、ちょっと焦った。というのもヘッドライトを持ってくるのを忘れてしまったからだ。この足元がよく見えない状況で進むことに不安を覚えた。足元に気をつけながら歩いていくと、明かりが灯っているロープウェイの乗り場が見えたので、そこで明るくなるまで待機することにした。昨夜コンビニで買ったおにぎりを食べながら、上空を見る。うすい雲が広がっているが、雨が降り出しそうな気配はない。降水確率の予報を見ても、その心配はなさそうだった。あとは頂上で最高の紅葉が見れたらと、期待を胸に膨らませる。
渓流沿いを歩き山へと向かう
40分ぐらい待っていると徐々に空が白み始めてきた。ロープウェイで途中まで行くことができるので、それを待っている人もちらほらいたが、僕は最初から歩いていこうと決めていた。リュックを背負い登山口へと向かう。渓流沿いを歩くコースに進んだ。ところどころ色づいてはいたが、まだ緑を多く残す葉っぱが一帯を埋めていた。歩きながら渓流が流れる音を聞く。優しく耳に響くその音はとても心地よかった。今日一番乗りで歩くこの道、誰もいない静かな道。葉っぱが今日最初の侵入者である僕をじっと見おろしている。まだ明るさが十分ではないためか、赤や黄色の葉が浮かび上がっているように見えた。そのような光景に目を留めては、立ち止まって写真を撮った。
日帰りの登山行とはいえ、そこまで急ぎではなかった。夕方17時までに戻ればいいので、標準タイムコースを多少過ぎてもまだ十分に余るくらいだ。渓流沿いの道を通過し、登山道へと入ってものんびりと山を歩いた。時間をたくさん使えるという意味では、夜行バスの早朝から動けるこのメリットはやっぱり大きい。
高度が上がるにつれて、色づいた葉っぱが目立ち始めてくる。そして嬉しいことに、雲は流れて、青空が広がってきた。そして澄み切った青空を背景に色づいた葉っぱが輝きだした。僕は、このままの天候でいてくれと念じた。頂上からはどんな景色をみることができるだろう、心を躍らせる。気温は徐々に上がっていき、日差しは身体を火照らせていく。間もなくジャケットの中が汗ばんできたのでジャケットを脱いで長袖のシャツ一枚になった。風がシャツの下を通り抜けていく時、スーッと心地よく身体を冷ましてくれた。
登山日和から空は徐々に
休憩を兼ねて撮影している僕に高齢の登山者が話しかけてきて、「頂上の紅葉はもっとすごいよ、でも今日はガスがかかるしれない」と口にした。これだけ晴れていれば大丈夫でしょうとは思いつつも、この山を登り慣れているような感じであったので、今天気が良いからと安心はできない。少し急ぎ目で頂上を目指したほうがいいかもしれないなとペースを上げることにした。
登りがひと段落して、平坦な道をしばらく歩いていると、突然木々の隙間から、一面色づいている山肌が現れた。それを見て思わずおおおっと驚いた。全く予期せぬことだったので、その驚きは大きかった。そして、ぞぞわーと鳥肌が立った。この時初めて、美しい景色を見ても人間って鳥肌がたつんだと知った。青空の下、緑のキャンパスには、鮮やかな模様の数々が描かれている。目をどこに転じても見渡すばかりの紅葉だ。それは惑星を宇宙から眺めるような現実離れした壮大な美であった。
そこから間もなく進むと、くろがね小屋に到着した。この小屋は周囲を紅葉に囲まれていた。ここに泊まって、早朝に日の光を浴びるこの景色を見ることができたらどんなに最高だろうか。想像するだけで気持ちが込み上げてくる。贅沢な景色を前に、僕はチョコレートを食べながら小休憩とした。見飽きることのない大パノラマ。僕は今日のこの日、バスに揺られてここまで来てよかったと心底思った。
なぜだろうか、自然の美しさがこれまで以上に心に沁みるようになった気がする。いつまでも見ていたい、そんな気持ちだった。悠久の時の中で、数え切れない程の時間を生き抜いてきた自然。一木一草、それぞれの時を生きてきたのだ。そう考えると、鮮やかに色づいた無数の葉っぱたちを前に、この短い間だけの生命の神秘に立ち会えるということは本当に貴重だ。
もう少しで到着する頂上はどうなっているんだろう。さらに期待が膨らんでいった。くろがね小屋からは急な登りが続いた。その途中、頂上の方に目をむけると、雲がじわじわと広がってくるのに気づいた。なんとか持ちこたえてくれないだろうかという思いとは裏腹に、さほど時間を置くことなく、雲は自分がいる方まで迫ってきた。強い風が吹き抜ける。さっきまで晴れ渡っていたのに、こうも急変してしまうのか。雲はすっかり周囲を埋めつくし、乳白色の世界となった。でも、雲の後ろには時折青空が垣間見えるので、空模様は戻ってくれるかもしれない。そう期待しながら僕は足を進めていった。
異世界感漂う稜線を歩き頂上へ
稜線に出ても雲は厚いままで、なかなか流れそうにはなかった。稜線には草木がなく、見渡す限り殺伐としている。そして大きな岩石がゴロゴロしていた。つい先ほどまで見ていた色鮮やかな世界とは真逆であった。生命の痕跡は硬い岩の隙間から生える雑草のような小さい植物がほとんどだ。なんだか未知の惑星に降り立ったような気分でもある。岩が積み重なってできた、大きなピークがいくつもあり、はっきりとは見えないそれらがその思いを強くさせる。人間は厚い雲のせいで輪郭があいまいになり、黒いシルエットがうっすら浮かび上がっては消えていった。
風は強さをさらに増してきて、再びジャケットを取り出して着ることにした。慎重に歩みを進める僕の前方には茶褐色の道が続いている。ここは馬の背と呼ばれる稜線部。その名の通り、左右はなだらかな斜面となっているはずだ。そうような曖昧な書き方をするのは、この雲に覆われた中では実際どうなっているのかは分からないからだ。本当であればここらあたりから、かつての噴火によって形成された火口を臨むことができるはずなのだが、その片鱗も見ることは出来なかった。
馬の背を過ぎてから間もなくして、大きな岩石で作られた岩山をよじ登り、僕は頂上へと無事に着いた。しかし、残念なことに途中で話しかけてきたあの高齢の登山者の予言は的中であった。雲は流れることなくずっと居座っていた。
もしかしたらという淡い期待のもと、諦めの悪い僕は寒さに我慢しながら粘って待ち続けた。すると、しばらくは真っ白で何も見えずであったが、雲が時折流れて、その下の景色が現れることもあった。その度に僕は慌ててシャッターを切る。雲の隙間から見る秋の景色も格別であった。特に、雲の切れ間から差した光が赤い葉を輝かせていて、その上を白い雲がすうーと流れていった瞬間の美しさには目を瞠った。一瞬のことでシャッターが間に合わなかったのは本当に悔やまれる。その後も雲は流れたり停滞したりを繰り返したが、結局頂上からの全貌を見ることは出来なかった。しかし、とは言えこの雲がかかった山の景色も幻想的な感じで悪くはない。撮るものがないどころか、雲に覆われてからの道中、うっすらと浮かび上がる山肌の紅葉など、目を留める瞬間はたくさんあり、シャッターを切る回数は全く減らなかった。
温泉に浸かって今日を振り返る
登りと同じくらいの時間をかけて下山しても、まだ1時間半ほど東京行のバス時刻まで時間があった。そのため、時間があったら入ろうと決めていた登山口の近くにある温泉に入ることにした。温泉には露天風呂があり、そちらに行ってみると素晴らしい紅葉がお出迎えしてくれた。目の前に広がる紅葉した山林にうっとりしながら、僕はお湯に浸かって身体をほぐす。この景色のおかげで気持ち良さは倍増だ。気付くといつの間にか一枚の葉っぱが僕の横にぷかっと浮かんでいた。それはのぼせ気味の赤い葉っぱだった。こんなところでも、秋ならではの景色を楽しませてくれた。
今日の景色は今日だけのもの。山はどんな景色を見せてくれるのか全くわからない。紅葉を見ることを目的とした登山はこれまでにもあったが、今日の安達太良山の登山は様々な表情の紅葉を見ることができた。雲に包まれた中を探索者気分になって歩くのも楽しかった。目に焼き付いた鮮やかな色とりどりの景色はこの先も忘れることはないだろう。
◆Photo Gallery by Leica M-E