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工事騒音・振動に関する問題

 建物を建築する場合には、騒音や振動が発生します。
 現代の建築技術においても、騒音や振動をゼロに抑えることは不可能ですし、周辺住民も自分たちが家を建てた時は周りに迷惑をかけているわけですから、ある程度は「お互い様」であり、騒音・振動が発生したことが直ちに法的に「違法」との評価を受けるわけではありません。
 今回は、工事業者が気を付けることについて考えたいと思います。なお、事業者向けの内容となっています。

1 近隣紛争の難しさ

 建築工事で揉める可能性があるのは、なにも施主との関係だけに限られません。
 工事中は、一定の騒音や振動が生じますので、近隣からも工事がうるさいという指摘を受けることがあります。
 この問題の悩ましいところは、法的責任論以前の問題として、近隣と揉めてしまうと、最終的には、建物完成後に施主が近隣から「オタクの建設会社には迷惑ばっかりかけられた」と言われるなど、施主が肩身の狭い思いをしてしまう可能性があります。それが原因で建物引渡後に施主と揉めてしまうような場合もあるので、単純に法律論だけで線引きして問題がきれいさっぱり解決するわけではない、という点にこの種の紛争の難しさがあります。
 よくあるのは、現場の担当者が近隣から指摘を受けて自分自身でなんとかしようと抱え込んでしまい、施主にも報告できないまま工事が止まり、近隣からも施主からも厳しい指摘を受けてしまうという、板挟みに合っているようなケースです。
 対処方法は、もちろん、どのような工事をしているのか、近隣の要求がどのような内容なのかにもよるため、一律に決まるわけではありませんが、近隣から工事騒音などについて指摘を受けた場合には、まずは施主に報告をして、対処していく体制を整えることが必要かと思います。
 また、この手の指摘を受けたときには、工事を止めろと言われる場合があります。明らかに問題のある工事方法を採用して、近隣に迷惑をかけているような場合は論外ですが、考えられる限り、適切な工事方法をとっているのに、工事を止めてしまうと、どのような問題が起きるでしょうか。すでに適切な工事をしているのに工事を止めてしまうと、工事を再開する手立てがなくなってしまうのです。そのため、滅茶苦茶な工事を実施している場合は直ちに工事方法を見直して工事をストップすべきですが、適切な工事を実施しているというような場合には、近隣から苦情があったということのみで、工事をストップしてしまうことは、個人的には賛同できないところです。

2 騒音・振動トラブルに対する対応のポイント

 もっとも、上記のように、施主と近隣が揉めてしまうことにもつながりかねませんので、この種の案件については、次のような対応を心掛けるべきでしょう。 

 ①工事方法に問題がないかの検討
  →そもそも現場の工事方法が乱暴で、工事方法として不適切という場合には、直ちに工事方法を改めるべきです。

 ②施主への報告
  →次に、近隣から「こういうクレームがあった」ということを施主に報告する必要があります。重要なのは、工事業者側の判断で工事を止めたりしないことです(もちろん、工事方法が①の時点で酷い場合は別です)。
 「工事業者として、~~という工事方法を採用しており、工事内容に問題はないと思うが、近隣が~~という苦情を受けています。」
 「工事を止めろと言われていますが、止めますか?止めた場合は~~というリスクがあります。また、お施主様の都合による工事中止なので、遅延損害金等の負担はできません」
  →ここまで説明して、打合せメモにサインでも貰えれば、工期遅延などの問題にもなりにくいでしょう(工事が適切であることが前提ですが)

3 受忍限度について

 騒音・振動に関する法律問題では、受忍限度論が問題になる場合がほとんどです。
 受忍限度とは、誤解をおそれずに言えば「もう我慢できるレベルを超えてるから不法行為だ」という意味です。
 工事を実施するのに、無振動、無騒音で工事を完了させることは、魔法でも使わない限り、現代の技術では不可能です。工事以外でも、例えば、ただ生活しているだけでも、話し声や赤ちゃんの泣き声などが家の外まで響くこともあります。要するに、誰しも少なからず他人に迷惑をかけながら生きているのであり、ある程度の不利益はお互いに甘受すべき、つまり我慢すべきだという考え方が根底にあります。
 そのため、一定の騒音や振動を発生させること自体が問題となるわけではなく、あくまでも「我慢できるレベル」を超えたかどうかが法的責任を問われるか否かの判断基準となります。
 それでは、この「我慢できるレベル」はどうやって決めるのでしょうか。人によって感じ方も色々ですが、この点については、生活利益の侵害については,その被害が,通常人が一般社会生活上受忍すべき限度を超えていると認められる場合に,違法な権利侵害ないし利益侵害となるとされています(最判平成6年3月24日判決)。「通常人」が基準ですから、例えば、近隣の人が異常なほど振動に敏感だったとしても、そういった個別の事情は判断要素にすべきではないということになります。
 そして、「通常人が一般社会生活上受忍すべき限度を超えている」か否かは、当該侵害の侵害行為の態様と侵害の程度,被侵害利益の性質と内容,侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較衡量するほか,侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況,その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容,効果等の事情をも考慮し,これらを総合的に考察してこれを決する、とされています。
 要するに、「色々考えて決めます」ということです。
 一番大きな考慮要素は、やはり各種条例や騒音規制など、法令の閾値だと思いますが、それだけではないということです。
 そのため、工事を実施するにあたっては、最低限、こうした規制基準値については、超えることのないよう気を付けたいところです。
 いくつか裁判例を見てみましょう。

⑴ さいたま地裁平成21年3月12日判決

 同判決は、騒音については,継続的に85デシベルを超える騒音や,一時的にでも94.44デシベルを超える騒音を,振動については,継続的に75デシベルを超える振動や,一定ではないが,一時的にでも93.75デシベルを超える振動を,特段の事情がない限り,受忍限度を超える違法な騒音や振動というべきであるとしました。
 なお、損害賠償額については、法令上の規制値を超える騒音・振動が発生したと認められる場合には、特段の事情がない限り、受忍限度を超える違法な騒音や振動が発生したものとの判断を示し、その範囲内に居住する各住民に10万円の精神的損害を認めました。

⑵ 東京地裁平成9年10月15日判決

 改修工事の騒音が受忍限度を超えるかどうかの判断基準について、「当該工事によって発生した騒音・振動の程度、態様及び発生時間帯、改装工事の必要性の程度及び工事期間、騒音・振動の発生のより少ない工法の存否、当該マンション及び周辺の住環境等を総合して判断すべき」と判示しています。
 この事案では、結論として、実際に発生していた騒音が80デシベル程度であったことから、施工業者には不法行為が成立するとしました。

⑶ 東京地裁平成22年4月6日判決

 原告の居住地の近隣で被告が請け負った建物解体工事等に伴う振動・騒音によって原告らの健康被害が生じたとして損害賠償を請求した事案について,「本件各工事により生じた振動の程度は,法令により許容されている範囲内の63デシベルないし64デシベルであり,本件各工事により生じた振動及び騒音が社会生活上の受忍限度を超える程度のものであったことを認めるに足りない」として、工事による振動及び騒音は法令の許容範囲内であることから振動・騒音が受忍限度を超えるものであることを否定しました。

⑷ 東京地裁平成20年12月4日判決

 原告が、原告所有の土地建物に隣接する土地のマンションの建築工事を請け負った被告に対し、工事による騒音及び振動等について不法行為に基づく損害賠償を請求した事案です。裁判所は,被告の防音対策以前の騒音レベル(58ないし82デシベル)や原告の生活への影響等を考慮した上で,「被告が防音対策として防音パネルを設置した平成16年3月18日以前において受忍限度を超える騒音被害ないし振動被害が発生したことがあったものと推認するのが相当である」として、騒音及び振動に係る請求を認容しました。

⑸ 京都地裁平成22年10月5日

 マンションの建設工事(400日程度)に伴う騒音被害につき不法行為に基づく損害賠償請求が一部認容された事例ですが、この中で振動による損害賠償請求は棄却されました。判示では、「本件工事の計測日の中で,振動の基準値75デシベルを超えた日は2日であったことが認められる。そうすると,当該期間が仮に特定建設作業の間であっても,規制内容を超えた日はわずかであり,摘示した事情一切を考慮しても,原告番号1らの受忍限度を超える振動が生じていたと認めることはできない」としています。

4 工事が原因で家屋が損傷したという苦情について

 工事に伴う振動で、建物が損傷したという苦情も多くある紛争類型の一つです。
 この手の事案では、実際に損傷が発生したという原因となる振動などを記録化しておくことが難しいため、発生したという損傷が「本当に工事を原因として発生したものなのか」という因果関係が争点となります。
 このような紛争類型では、原告側は、そもそも損傷したという日時や原因を特定するのが困難なことが多いです。ただ、この種の案件で建設業者側が裁判所から必ず指摘を受けるのは、「あなたたち、事前の家屋調査はちゃんとやったの?」という点です。私が知る限り、大規模な工事でない限り、小規模戸建て住宅で、わざわざ隣家の内部まで写真撮影して、事前の家屋調査を完璧にやっているという会社は聞いたことがありません。
 ところが、裁判所は、工事の規模に関係なく「工事をするなら隣地の家屋調査はして当然」と思っている節があります。同種案件で、裁判官から「家屋調査はしているか」という質問は、私が経験しているところ、100%されます。戸建住宅でわざわざ家屋調査までやっていたら費用がかかって仕方ないのですが、裁判官の常識と建設業者の常識にかなりの乖離がある分野の一つです。
 そのため、工事を実施する場合には、「理想論」としては、特に軟弱地盤のように振動が伝播しやすいような場所では、できる限り家屋調査を行っておくことが好ましいといえます。ただ、どうしても事前の家屋調査をやるべきだ、とは、私個人とは思えないので、上記の裁判官の一般的な考え方をどこまで重く受け止めるかということにかかってくるのではないでしょうか。
 さて、こうした案件でも裁判例を見てみましょう。いずれにしても、原告側の立証活動もかなり大変だということがお分かりいただけると思います。

⑴ 浦和地判平成13年3月29日判タ1089号200頁

 この裁判例は、工事業者としては押さえておきたい裁判例です。
 事案としては、被告が建設業者に注文して建物を建築するにあたり,地盤が軟弱であったので,同業者が杭工事を行ったところ,隣地の原告建物に不同沈下が生じたが,原告建物には基礎工事が実施されていないとの欠陥が存在していたというものです。要するに、隣の家には工事前から欠陥が内在していたのです。
 裁判所は、「地盤が軟弱であったことから(中略)工事を必要とした被告としてみれば,原告側土地の地盤が軟弱であっても,原告建物の建築に際して,被告が本件工事を必要としたのと同じ理由で,原告においても同様の基礎工事を必要とし,かつ,現に当該工事を実施して原告建物を建築していると考えるのがごく自然であって,原告建物がそのような地盤対策を講じないで建築されているなどと被告が予見することは困難である」として,被告の注意義務違反を否定しました。
 この裁判例から言えることは、「隣地が不適切な施工がされていることまで想定した対策をする必要はない」ということです。

⑵ 東京地裁平成22年4月6日判決

  本裁判例は、原告ら夫婦の居住地の近隣で被告建設会社が被告印刷会社から請け負った建物解体工事、汚染土壌の搬出・清浄土の埋戻工事に伴う振動によって、原告ら自宅建物の壁面等に亀裂が生じるなどの被害及び振動・騒音による原告らの健康被害が生じたとして、損害賠償を請求した事案です。裁判所は、工事による振動及び騒音は法令の許容範囲内であること、原告らよりも工事現場に近接した建物等には被害が生じておらず原告らの建物が築28年で経年劣化の可能性もあることなどから工事と建物損傷との因果関係があること及び振動・騒音が受忍限度を超えるものであることを、いずれも否定して請求を棄却しました。

⑶ 東京地裁平成23年7月25日判決

 本裁判例は、被控訴人市が発注し、被控訴人会社らが施工した保育園園舎建替工事により、控訴人所有家屋の浴室タイル等の一部に損傷が生じたとして、控訴人が、被控訴人らに対し、原状回復工事契約の債務不履行又は不法行為に基づき損害賠償の支払を求めた事案です。裁判所は、本件工事の振動は近隣の家屋に損傷を与えるほどの衝撃ではなかったといえ、控訴人家屋の築年数等から、本件損傷は経年劣化によって発生した損傷である可能性が高いなどとして、本件損傷と本件工事との間の因果関係は認めることができないとして、控訴人の請求を棄却しました。

⑷ 東京地裁平成24年8月9日判決

 本裁判例は、控訴人が、控訴人の住居の近隣において行われたマンション解体工事による騒音、振動及び粉塵によって精神的及び身体的苦痛を受けたとして、上記解体工事の発注者である被控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求した事案です。裁判所は、本件解体工事による騒音及び振動について、控訴人の被害が一般社会生活上受忍すべき程度を超えるものとは認められないとして、控訴人の請求を棄却しました。

⑸ 東京地裁平成24年11月27日判決

 本裁判例は、本件建物の所有者である原告が、当該建物の道路を隔てた反対側に位置する土地上で旧建物の解体工事と新建物の建設工事を実施した被告に対し、被告の行った工事に伴う振動により本件建物に補修を要する損傷が生じたとして、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案です。裁判所は、本件工事中に振動規制法及びこれを受けた東京都環境確保条例による改善勧告等の基準値を超えたことがあるからといって、直ちに当該工事全体が違法と評価されるものではないとし、また、原告が主張する損傷が同工事によって発生したものと認めるに足りる証拠がなく、同損傷と本件工事との間の相当因果関係を肯定することができないとして、原告の請求を棄却しました。

⑹ 東京地裁平成26年1月28日判決

 本裁判例は、原告らが、建築工事の請負等を業とする被告会社及びその従業員は、原告らの境内地の隣接土地において旧建物の解体及び本件マンション新築工事を行った際、本件マンション建築に反対する原告らに嫌がらせをする目的で、粉塵飛散防止のための幕や足場のメッシュシートを設置しなかったため、原告らが、工事に伴う騒音、振動及び粉塵にさらされた上、工事現場の汚水が境内地内の墓石に付着するなどし、宗教的景観、環境や名誉、信用を害され、原告らは強い不快感、ストレスを感じたなどとして、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案です。裁判所は、原告らが被った被害は、一般社会生活上受忍すべき程度を越えているとまでは認めることはできないとして、請求を棄却しました。

⑺ 東京地裁平成26年9月5日判決

 本裁判例は、不動産管理業等を目的とする有限会社である原告が、土木建築等を目的とする株式会社である被告が行った建物解体工事に起因する振動によって同建物に隣接する所有マンションの駆体及びその地盤に不具合が生じたとして、不法行為に基づき、本件マンションに生じた不具合の補修費用等の支払を求めた事案です。裁判所は、被告が本件解体工事により本件マンション等に一定の振動を及ぼしたとしても直ちに不法行為法上の違法性を帯びるとはいえず、また、この振動と原告主張に係る本件マンションの不具合の発生との間に相当因果関係があるともいえないとして、不法行為の成立を否定しました。

⑻ 東京地裁平成26年11月14日判決

 本裁判例は、原告が、被告会社らに対し、本件工事により自宅建物が不同沈下し、床の傾斜や外壁クラック等の不具合が発生したとして、不法行為等に基づき補修費用相当額等の賠償を求めた事案です。裁判所は、原告主張に係る原告宅の不具合である本件瑕疵は、本件工事の開始前に既に発生していた可能性が否定できず、仮に本件工事の前後により原告宅の現状に変化が生じていたとしても、それにつき本件工事と相当因果関係があると認めることは困難であるなどとして、被告会社らの損害賠償義務を否定しました。

⑼ 東京地裁平成27年3月25日判決

 本裁判例は、原告が、原告所有の飲食店(本件店舗)から道路を挟んだ場所でマンション建築工事等(本件工事)を行った被告らに対し、本件工事により本件店舗の壁が傾いたため補修せざるを得なくなったとして、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案です。裁判所は、本件工事のうち解体工事終了前になされた調査結果によれば、解体工事の騒音、振動がテラス壁を傾斜させたとは認められず、また、騒音による地盤沈下の発生機序を原告は明らかにしないから解体工事の騒音を原因として地盤沈下が発生したとも認められない上、その後の調査結果ではテラス壁の傾斜が認められるものの、本件工事により本件店舗に地盤沈下が生じた事実は認められないから被告らに不法行為は発生しないとして、請求を棄却しました。

⑽ 東京地裁平成28年3月30日判決

 本裁判例は、原告らが居住している建物の隣地で宅地造成工事及び住宅建築等の工事を行った被告に対し、当該工事の振動・騒音が受忍限度を超えるものであり、これによって、精神的苦痛を被った旨及び当該工事による振動によって本件建物の外装や内装等に損傷が生じたなどと主張して、慰謝料及び建物の補修費用等の損害賠償請求がなされた事案です。裁判所は、まず、振動・騒音の発生について、「原告土地における本件工事中の振動、騒音に関する客観的な数値を示す証拠はない」として、「本件工事によって原告土地に一定の振動や騒音が生じたことはうかがわれるものの、その程度は明らかでないから、これが社会生活上受忍限度を超える程度のものであったと判断することはできず、原告らの前記主張を認めることはできない」と判示し、次に、因果関係の点についても、「本件損傷が本件工事の期間中に生じたものであるとしても,その原因が本件工事による振動であるかは明らかでない」とし、また、「本件工事によって原告土地に一定の振動が生じたとしてもその程度は明らかでないから,本件工事による振動が本件建物の壁クロスや外壁表面に損傷を生じさせ得る程度のものであったかも明らかでない」と判断して、原告の請求を棄却しました。

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