ジョン・ディクスン・カー『連続自殺事件』

記憶が曖昧なのだが、この作品、昔は『連続殺人事件』という邦題ではなかっただろうか?むかし何かの感想サイトで「自殺か殺人かわからないのが魅力なのにこんな邦題をつけるなんて!」という批判を読んだ記憶がある。
今回初めて読んだのだが、なぜかシリアルキラーによる都市型犯罪を扱った本かと思い込んでいた。もちろん、カーがそんな話書くわけもないのだが、やはり旧邦題(?)に引きづられていたのか?
実際はこんな話。
ロンドンの空襲が始まる週間前、若き歴史学者アラン・キャンベルはグラスゴー行きの列車に乗ろうとしていた。遠縁の老人で、スコットランドはシャイラ城の城主アンガス・キャンベルが亡くなったためである。これまでスコットランドには足を踏み入れた事もないキャンベルにとって、アンガスは遠い存在であり、この旅行もアランにとっては休暇のようなものだった。特にアランは休養が必要だった。直前までK・I・キャンベルという、みずからと姓を同じうする学者と新聞紙上で論争を行ったばかりで、世間から冷やかしの目で見られてうんざりしていたのだ(今で言うTwitter上での炎上のようなものか)。
忌々しい論争を忘れて休暇を楽しもうと言う矢先、アランは自分の寝室で一人の女性と遭遇する。キャスリン・アイリーン・キャンベルというその女性は、アランの遠縁にあたり、さらには最近新聞で論争し、アランが憎んでいるK・I・キャンベル当人だった!

二人はお互いに、ここは自分が予約した寝室だと言い張る。どうやら同じキャンベルという姓のために手違いがあったらしい。仇敵の二人はグラスゴーまでの一夜を同じ部屋で過ごさなければならないのだった。
道中、アランは喧嘩をしながらも、キャスリンから、アンガス・キャンベルが不可解な死に方をしたということを教えられる。アンガスは塔のてっぺんから墜落死したというのだ。どうやら身を投げたか、何者かに突き落とされたかしたらしい。自殺か他殺かはっきりしない状況で、アランは検査審問について尋ねるが、スコットランドにはそもそも検査審問という制度がないという。
翌日、二人はカップルに間違われながらも、グラスゴーからさまざまな乗り物を乗り継ぎ、途中で新聞記者も同乗させながら、アンガスが亡くなった城へ行くことになる。

その後、二人が訪れるシャイラ城では、アンガスの内縁の妻であるエルスパット、アンガスの弟であるコリンの他、他殺を主張する弁護士と自殺を主張する保険会社の社員など、一癖も二癖もある人間たちに迎えられることになる。

……ここまでで四分の一くらいかな。
冒頭のシーンがとても良いですね。ロンドンの大空襲直前、戦時下に出発する列車といのは魅力的だし、そこからのキャスリンとの遭遇も良い。出会った瞬間に、「ああ、ラブコメをやるんだな」というのがよくわかる感じで、お約束ながら楽しい。
もっとも、アランはシャイラ城に着くころには、カップルと思われていることに対して「それが本当じゃないのが残念だ」とかいって口説きはじめており、ちょっと展開が早すぎる。
二人してスコットランドの酒に泥酔したり、エルスパットが新聞記者に水をぶっかけて追い出したり、カー流のドタバタが健在な反面、怪奇趣味は他の作品と比べれば低いほうかもしれない。
アランたちはアンガス死んだことを伝聞でしか知らないうえ、そこまで事件を調査しようという意欲があるわけではない。
そのようなわけで、ドタバタ劇は楽しいものの、盛り上がりはそこまででもない。中盤あたりで、ある人物がアンガスが死んだ部屋で一晩過ごすという展開になり、そこから第二、第三の事件が発生する。
後半から登場するフェル博士は事件を早々に殺人と断定。フェル博士の発言は後に怪しくなってくるのだが、名探偵が殺人前提で捜査しているため、エリザベス・フェラーズ『自殺の殺人』のように自殺か殺人かで途中の推理が二転三転するということもなく、ちょっともったいない。

こういう「自殺か?殺人か?」という形で読者の興味を引っ張る小説の謎解きでは、二択のどちらかから答えを提示すると言うのでは不十分で、読者の盲点をつくような第三の回答と言うのを提示しなければ面白くない。その点この作品はバッチリで、犯人もうまい具合に読者の意識から外れた人物になっている。
密室トリックも、「部屋に動物でも仕込んで襲わせたのではないか」いう、これまで登場人物によって披露されていたダミー推理をうまく捻ったもので、アイディアも魅せ方もバッチリ。
検査審問が開かれない、スコットランドには事後従犯という罪状がない、など舞台がスコットランドであることもしっかり活かしたつくり。
反面、先述の通り、序盤から中盤のサスペンスの乏しさは否定できず、カーの他の作品と比べて物足りない感じ。そもそも文庫で291ページというのはカーの長編にしてはにしては短かすぎる。もっと話を膨らませる余地はあったんじゃないかな。

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