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そろそろ準備

 こんな時はいつか来るのだとわかっていてそれがたまたま最近だった話で、どこもかしこも不思議な話じゃない。きっといつかにきてた話が今日にあった、ずっと前にも考え尽くしたことがたまたま今ぶり返しただけのここ最近の話。

 飲み明かした週末の午後10時、散らかった部屋で一人明日の起床時間をアラームで確認してからパソコンに充電器を差して月曜日を迎える準備を着々と進める。テレビもゲームもないこの部屋では時折、寂しくない孤独な時が生まれる。薄い壁から聞こえる会話、どれだけ耳を済ませても聞こえない自分の声。誰もいない、自分の形跡しかない部屋が自分が一人であることを再確認させてくる。もうあの人はこの部屋には来ない、いつの日か送ったあの時間が再生されることはなくて、あの人がこの部屋に匂いを残すことはもうない。僕だけの僕の生活を営むためだけの部屋。LINEと写真を見返していないあの人と妄想の中で話す。でも、きっと今のあの人はこんなこと言わないだろうな。

 脆く煩雑に、どうにかあるものだけで組み立てたお椀では抱えきれないほどの自尊心と憧れ。たった一言の否定で簡単に崩れ去っちゃうし、いつまで経っても集めるのはいつかの破片ばかり。原因が自分にあると思うためにその破片で手に傷なんかを付けてみる、じゃないと自分で自分を否定できなくなっちゃいそうだから。上手に傷つけてあげられないせいであの子の見てる私もきっと過去の寄せ集め、ピースの足らないパズルを理想で埋めてる。許せないあなたは許してあげられない私にとって自分のカサブタのようで、触ったら傷ついた時のことを思い出すし触ろうと思ったら傷ついた後のことを考えてしまって勝手に治るまでを見て見ぬフリで過ごそうと思っています。それではお椀が作れないことはもうずっと分かってるんですけどね。

 髪を切るとき、爪を削るとき、髭を剃るとき、耳を掃除するとき、身体を擦るとき。さっきまでは自分の身体にいた、自分だったものが抜け落ちたり剥がれ落ちても何とも思わない。ただのゴミであって、そこに落ちていたら汚いモノ。でもなかなか剥がれてくれないあの人と一時は身体が一緒になって温度が離れても一緒にいるような感覚があった。あの匂いや熱や音がいつでも、いつかでもすぐそこにあるモノだと思っていた。思っていられた昨日までは。
 今日まで生きた私はあなたと出会ってからきっと自分よりもあなたのために生きた時間の方が多かったかもしれません。それが良かったのです、それで幸せが手の中に収まるような恍惚感が得られたのです。それでも一度途切れてしまってからはどれだけあの時間や幻のような幸せを思い返しても手のひらにいるのはイラついて潰した蚊だけです。誰のかもわからない血が手につく感覚は気持ち悪く潰してからどうして潰したのかと、どうして拾ってしまったのかと後悔するだけのここ二日。

 昨夜の月は綺麗だった。
友人と見た昨日の月は欠けていた。昼間の暴風雨とは打って変わって落ち着いた夜空にピカっと灯った月。乾ききってないコンクリートに寝そべって何秒も眺めました。それが少しだけ楽しかった昨日。

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