三者三様

 20歳の冬、真面目な表情をした母に就職について話そうとテーブルに座らされた。演劇を続けるというと母は「演劇は仕事じゃない」と言う。高校卒業の際に進学や就職の道ではなく、フリーターとして演劇を続ける道を応援してくれた母だが、この2年一度も舞台に立つことのなかった俺に痺れを切らしたのだろう。俺とは違い大学で演劇をしていた兄さんのことを聞くと、母は兄の苦労話を始めた。
兄は大学卒業してからも自分の好きな演劇を続けたいと息巻いていたが、資金難により、演劇を作るどころか生活すらままならないと一般企業に就職した。そして、たまの休日に観劇やWSへと参加し、演劇への関わりを変えていったそうだ。母は俺にも兄さんと同じ道を歩んでほしいらしい。これからの生活を考えると母だけで俺の分も生活費を稼ぐのは限界だったのだろう。兄の話を聞いた後、俺は初めて自分の今までの選択に疑問を抱いた。「俺がやりたくて、わがまま言って続けて来たけどさ、それって間違ってたのかな」この2年、母との会話は日に日に減っていった。勿論、相談なんてことは一度もなかった。そんな俺の言葉に母はこう返した。「今のあんたを見ると間違っていたと思うよ。演劇をしたいってのも嘘だと思う。そうじゃないって言うのならあと2年待つから、母さんを見返してみて。」俺はこの日の夕食後、積読した演劇関連の本を売り、母に服を買った。


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