兄妹が切り拓いた新たな地平 - HIT ME HARD AND SOFT/Billie Eilish(2024)


HIT ME HARD AND SOFT/Billie Eilish

今年5月に突如リリースされたビリー・アイリッシュ3作目のフルアルバム「HIT ME HARD AND SOFT」は彼女のファンのみならず、ポップシーンに多大な衝撃を与えた。
私もその衝撃を受けた音楽リスナーの一人として、今回はこのアルバムについて語りたい。

ビリー・アイリッシュは2019年にアルバム「WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?」でデビューすると、その年のグラミー賞では主要4部門を総なめして大きな話題となった。
当時のビリーは大ヒットした"bad guy"に代表されるように、強めのサブベースと囁くようなボーカルが印象的な、ダークなオルタナティブポップを歌っていた。
このデビュー作を聴いた当時も、これが新しいポップの形なのか、と大いに衝撃を受けたことを覚えている。

続く2021年の「Happier Than Ever」では曲調のバリエーションが増えたが、基本となるビリーの歌い方はデビュー作を踏襲していた。

そこから3年、ビリー・アイリッシュは兄フィニアスとともに新たな地平にたどり着いた。
それは彼女ら兄妹が2020年代の音楽を切り拓いた先の景色とも言えるだろう。
5年前にはダークなアンチポップの旗手とも思われた二人は今、ある種神聖なポップスの新地平に立っている。
2020年代に入り、80年代・90年代への回帰やカントリー音楽のポップ進出などが目立つ中、本作で奏でられているのは紛れもなく進化した20年代のポップ音楽最前線なのである。
それをあのビリー・アイリッシュが先導していると思うと、本当に感慨深いものがある。

一言でいえば、表現力の幅広さ。このアルバムにおけるビリー・アイリッシュの魅力はそういった言葉に集約されるだろう。
シングル曲"LUNCH"ではアップテンポでダンサブルな曲調を乗りこなしながらLGBTの指向について歌い、"BIRD OF A FEATHER"は心地よいビートの中に一片の切なさを感じ取ることができる。
あの日本映画からタイトルを取ったという"CHIHIRO"は、元来のダークさを持ったトラックにハイトーンのボーカルが綺麗に絡み、ビリーらしさと新しさが共存している。
さらに、"L'AMOUR DE MA VIE"、"BITTERSUITE"といった、先が読めない構成の面白さまで味わうことができ、非常に満足度が高い。

このアルバムの最も素晴らしいところは、そんな幅広い表現の中にも一貫した芯が存在する点だ。
これまでの型を脱して幅広い音楽が表現されているが、どこを切り取ってもその根底にはビリー兄妹のアイデンティティが見える。
それはきっと彼女たちが道を切り拓くうえで大切にしてきた、根幹のようなものだろう。

二人の今後の活動の行方は分からないが、2024年のポップス新地平は確かにここにある。
年月が経って聴き返したとき、私の耳にはどう響くのだろうか。


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