あなたの、私の、お気に入り -My Favorite Things/柴田聡子(2024)
弾き語り。
それは、ギターや鍵盤など一つの楽器と歌声だけで構成される、ポップス音楽の最小単位であり、バンドアレンジ等と比較すると歌そのものにスポットライトが当てられた表現であるといえる。
本日、柴田聡子が発表した「My Favorite Things」も弾き語りを大きくフィーチャーした作品である。
本作は2月にリリースされた大傑作「Your Favorite Things」の収録曲を弾き語りにアレンジして再構築したものである。
リリース直後の新作をまるまる一枚弾き語りで再録する手法はカネコアヤノの「ひとりでに」シリーズが有名であるが、一度バンドアレンジでアルバムを堪能した後に異なった魅力を味わうことができ、作品そのものをより深く再解釈することができるため、私はこの手法が好きだ。
さて、「Your Favorite Things」はこれまでの柴田聡子のスタイルから見ると異色のサウンドが展開されていた。
"Movie Light"ではイントロからストリングスが採用され、アルバムが幕を開ける。
"白い椅子"でR&Bのフィーリングを表現したと思えば続く"Kizaki Lake"では曲名にもなっている長野県の木崎湖を彷彿とさせるような、柔らかなサウンドが聴く者の心を浄化する。
そこからディスコ風味の"Side Step"、シンセサイザーの爽やかな音像が印象的な"Reebok"と続いてラストの3拍子の"Your Favorite shings"まで、とにかくこれまでのスタイルとは違うオルタナティブなサウンドの詰め合わせで、カラフルな音楽の旅に私たちを連れて行ってくれる。
今作「My Favorite Things」は、そんな音楽紀行のいわばアナザーストーリーのようなものである。
弾き語りという形態により、シンガーの歌声とそこから紡がれる歌詞の解像度が一気に高くなり、メロディーに対してやや詰め込まれた彼女独特の詞世界を存分に味わうことができる。
オリジナル版で体験した音楽紀行をなぞりながら、その案内人である柴田聡子の心象風景をモノクロで提示してもらっているような感覚で、私はこのアルバムを聴いていた。
弾き語りという形態は非常に奥が深い。
前述のように歌詞や歌声に大々的にフォーカスし、その芯にある世界観を聴き手に提示できるという点では利点があるが、下手なアレンジでコードをなぞるだけの演奏になると、どんなに良い詞でも非常に退屈な音楽に成り下がってしまう。
今作では、オリジナル版のアレンジを手掛けた岡田拓郎が、弾き語りのアレンジも担当している。
これにより、オリジナル版の楽曲群の魅力はそのままに、より深い部分を存分に味わうことができる。
楽曲に使用する楽器も異なっており、メインはギターであるが、最初と最後、"Movie Light"と"Your Favorite Things"は鍵盤で揃えられており、それぞれ素晴らしいアレンジとなっている。
個人的には"Side Step"の打ち込みサウンドが気に入っている。
オリジナル版の「Your Favorite Things」に対して今作の「My Favorite Things」というタイトルが物語るように、今作は柴田聡子本人が音楽紀行を自分のものとして飲み込み、解釈する過程なのだと思う。
リスナーにとっても、「Your Favorite Thongs」と合わせて、新しいお気に入りとなることは間違いないだろう。
少なくとも、私にとっては素晴らしい旅の新たな追体験を何度でも味わうための、聴き続けてゆきたい大切な作品となっている。