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R・T・キャンベルについて
新刊情報というにも当たらない発見なので、ここにざっくりと書いておきます。
タイトルに挙げた「R・T・キャンベル」は、本名ルースヴェン・キャンベル・トッド(Ruthven Campbell Todd)、1914年にスコットランドで生まれた詩人です。一説によれば借金を返すために、1945年から46年にかけての二年間で九作もの探偵小説を刊行したものの、その後は探偵小説と一切関わることなく歴史の陰に消えてしまいました。全体的に短い作品ばかりで、一冊の本に二作分詰め込んだtwoforの形式で刊行されたものがいくつもあるそうです。原稿を預かっていた出版社John Westhouseがあっさり潰れてしまったこと、また読み捨てに近い本ということで実本もほとんど残っておらず、再版される機会がなかったのですが、1980年代にDoverという出版社が長編のうち二作(Unholy Dying, Bodies in the Bookshop)を復刻したことで注目を集めました。
日本でもROM界隈では密かに知られていた作家で、森英俊「ミステリ作家名鑑 本格派編 1920-70」(1993,後の『世界ミステリ作家事典 本格派編』)で取り上げられ、ROM92号(1995年)では小林晋主導の特集(レビューは三作)が組まれています。また、M・K氏の「ある中毒患者の告白」においても五作にレビューが付され、概ね好評でした。九作中八作に登場する、ビール好きの植物学者で探偵役のジョン・スタッブス教授が明らかにフェル博士の造形を模しており、また作中人物がジョン・ディクスン・カーの作品を読んでいるなど、エドマンド・クリスピンのそれを思わせる「探偵小説ファンが書いた探偵小説」で、ドタバタ喜劇の演出と巧みな謎づくり、そしてそこから衝撃的な解決に持ち込む手筋は各氏の認めるところです。
残念ながら1980年代に復刻された本も二十年以上経った現在では既に入手困難になっていた……のですが、2018年末、上記のDoverから以前復刻した二冊に加えて更に二冊(Death for Madame, Swing Low, Swing Death)が新装版で復刻されたのには英米のクラシックマニアも仰天。ちょっとしたブームを巻き起こしました。
と、そこまではもちろん私も知っていたのですが、amazonの欲しいものボックスに入っていたこれらの作品を、今日まとめて注文した時に改めて(もしかしてこの四作以外にも復刊されていないかな、と)検索し直したところ、以前は見落としていたある作品に気が付きました。
このTake Thee a Sharp Knifeは、表紙に描かれた太った男のアイコンからも分かる通り?上記のジョン・スタッブス教授シリーズの一作なのですが、なんと2011年にLomax Pressなる出版社から出ていたのです。え、何それは……しかも値段が高すぎる。何だこれは、と版元サイトを検索してみると出ました。
Aboutを読んだり、刊行リストを見たりするうちに、段々分かってきました。このリトルプレスはスコットランドの出版文化や醸造文化にまつわる本を出している出版社です。それで、地元の作家や出版社についての研究書などを出しているうちに、行き当たってしまったのですね……R・T・キャンベルに。ピーター・メインという研究者と組んで、伝記を出す、書誌研究書を出す、そして(これはおまけっぽいですが)小説も復刻すると熱心な活動を続けています。
で、馬鹿みたいな中古価格の理由ですが……なんとこの本、限定300部の上に一冊ごとにナンバーが入っているのだそうです(ガチの私家出版ですね)。おまけにただ長編を一本復刻しただけではなく、未完成・未発表のまま書類ケースに眠っていた原型中編やら、上記ピーター・メインの気合の入った解説(出版されずに終わった四長編も残っていたそうで、解説内ではその原稿の内容にも触れているそうです)やらが含まれているとのこと。うーん、そこまで本格的な本となるとめったやたらに欲しくなるのがマニアのSAGA。で、版元サイトをよくよく確認してみると、どうやらまだ注文できる(「品切れ」表記が見受けられず、注文フォームも生きている)らしいのです。定価で買えると考えれば安い!と即注文、即Paypalで決裁しました。「UKの中なら送料£2」と書かれているのが日本宛なのにそのまま処理されているなど不安しかないですけど……まあ届けば御の字と考えるか、向こうもコロナ関連で流通が死んでるのはこっちも分かってるし(なぜかBookDepositoryは届くけど)。
もし興味のある方がいらっしゃいましたら、届くか届かぬかのギャンブルに身を投じてみてください。
■2/16追記:翌朝、版元から「現在ロックダウン中のため対応不能、また送料£2もUK内のみのためお支払いの金額は払い戻します」とメールがありました。一応2月末以降に対応を再開する予定とのことなので、私は半月後にリトライしてみる予定です。
■3/15追記:すぐに連絡が来るはずもあるまいと思っていたのですが、3月に入ってすぐLomax Pressの発行人から、注文を受け付けることができるようになった旨の連絡が入りました。喜び勇んで上の Take Thee a Sharp Knife と同じく再発されていた The Death Cap 、それから勢いでキャンベルの浩瀚な伝記まで購入したところ、向こうも金払いのいいのカモだと思ったらしく、「犯罪小説に興味があるなら、専門のネット古書店もやってるから注文してくれよな」と言われました。Baskerville Books というお店だそうです(言われてみれば、ドイルもスコットランド出身なんですよね)。皆さんも興味があればアクセスしてみてあげてください。