冬眠していた春の夢 第1話 神隠し
第1話『神隠し』
風の匂いに春の気配を感じ始めると、昔から同じ夢を繰り返し見る。
私が祖父母の住む愛知県豊橋市で暮らし始めた3歳の時からだから、多分10年くらい前から、毎年必ず。
そして、不思議と秋が深まった頃には、その夢を見なくなる。
まるで夢が冬眠状態に入るかのように。
その夢は、必ず濃い霧の中から始まる。
濃い霧が少しずつ晴れてくると、そこに小学3年生くらいの少年が3人現れる。
背景には古びた小さな鳥居と小高い山が見える。
私は3人の中で一番背が高くて透き通るように色白な少年に、「お兄ちゃん!」と呼びかける。
と、次の瞬間、大勢の大人達が出てきて、口々に何か言いながら3人の少年を取り囲んでしまい、私は1人ぽつんと取り残される。
大人達の声は、泣き声だったり、ちょっと怒ってる風だったりするけど、とにかくまだ晴れ切らない霧のように、うっすらと安堵感が漂っている。
そんな安堵感の中で、私はふと「ああ、お兄ちゃん達は神隠しにあっていたんだ」と思う。
そして、いつ頃からか私は、夢の中の3人の少年達の名前を確認する。
何度も何度も見た大好きなジブリ映画『千と千尋の神隠し』の影響なんだろう。 神隠しにあった時、名前はすごく重要なものなのだと思っていた。
私が「お兄ちゃん!」と呼びかけた少年の名は、春馬。
一番ガキ大将っぽい感じで、肌の浅黒い少年が、リョータ。
そして一番背の小さい少年が、ハッチ。
何故だろう、ハッチだけが名前じゃない。でもそれしか出てこない。
ハッチは一番小さいけど一番イケメンだ。
そんな馴染み深い夢の話を、私は名古屋に住む母の弟の奥さんである大好きな叔母、久子おばちゃんにしか話した事がない。
私は、3歳の夏の終わりに、父方の祖父母の元へ預けられた。
母が病気になって、父1人で仕事と看病と子育ては厳しいということで。
でも父は、1ヶ月に1度は必ず会いに来てくれた。
それでも、父は無口だったので、会話をした記憶がほとんどないけれど。
そんな父が似たであろう祖父は更に無口で、10年も一緒に暮らしていたのに、必要以上の会話をした記憶がない。
祖父の後妻である祖母は、私を可愛がってくれたけど、こちらも印象に残るようなエピソードはあまりない。
そんな環境の中で、月に2、3度訪ねて来てくれる久子おばちゃんとの時間が、私にとって一番楽しい時間だった。
たまに電話で会話をする母よりも、子供がいない久子おばちゃんの事を母のように慕っていた。
授業参観や運動会などには、父も来てくれたけど、叔母も必ず来てくれていた。
久子おばちゃんも私も一人っ子同士だったから、とても気が合った。
いつも笑顔で、私の話しを熱心に聞いてくれた。
私が幼稚園で、イタズラな男の子につねられて腕に小さなアザをつけて帰って来た時も、名古屋から車で駆けつけて、男の子の家に怒鳴り込みに行きそうな勢いだった。
どんなつまらない話でも、笑顔で楽しそうに「うん、うん」と聞いてくれる叔母だったけれど、唯一その夢の話をした時だけ、1度も見た事のないようなちょっと怖い表情が、叔母の顔に張り付いた。
たぶん夢の中の少年達と同じ小学3年生の頃だった気がする。
そしてその話をしてから、1か月以上も叔母は訪ねて来なかった。
私は本当に寂しかったし、誰よりも本音を話せる大好きな叔母の反応が、ひどく不安を招くものだったので、それ以降その夢の話は誰にもしないようにしようと心に決めた。
第2話に続く。
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