冬眠していた春の夢 第27話 真実の切り取り
砂浜の流木の上に腰掛けて、私と橋本さんは、サーファー達が波に乗ったりボードから落ちたりする様を、しばらく黙って見ていた。
「春馬はいいヤツだったよ。美月ちゃんの事をからかう事はあったけど、他の子にいじめられたりしたら、絶対に助けてたし…。オレもリョータも春馬が大好きだった」
橋本さんは海を見つめたまま言った。
「なんだか…全然驚かなかったんです。ずーっと夢で見てたから。ああ、やっぱりって…」
真実を知ったからと言って、何かが変わるわけではなかった。
それぞれがいろんな思いを抱えて、なんとか前向きに生きようと、生きさせようとして、隠されていただけだから。
私は、自分が記憶をなくしたことを、不思議な力に守られているような気もしたし、幼いながらの防衛手段だったのかもしれないとも思った。
「ずいぶん後になって、美月ちゃんが記憶を失くしたって聞いた時、良かったって思った。春馬の叔父さんの負の感情は、少しだけどオレにも向けられたからね…。人の憎しみを受け止めるって、並大抵なことじゃないから…」
「橋本さんも、声が出なくなったって…」
「…うん。声が出るようになるまで、一年以上かかった」
「…そんなに…」
「でも、喋りたくなかったから、声が出なくて辛いと思った事はなかったよ。それよりも、春馬がいなくなった事の方がずっと辛かったから…」
モフモフとした白い毛の大型犬を連れた人が、目の前を通り過ぎて行った。
「人の話って、聞く人によって受け取り方が様々だよね。そこに引っかかるんだ?とか、そこを強調されたら、事実が変わっちゃうって事…いっぱいある」
「そうですね…」
「ありのままに、起こった出来事をそのままに話したのに、春馬の叔父さんは、自分の心が納得するように、真実を切り取って、自分の納得がいく新しい真実にしてしまった」
SNSでよくある事だ。
ネットニュースなんて全部そうだし。
結局真実なんてどうだっていいし、真実なんて人の数だけあるんだ。
自分が納得できればそれでいいんだ。
「もし春馬の後を美月ちゃんが追って来なくても、土砂崩れは起こってた。オレ達は秘密基地にまで行くつもりだったから、大人を呼びに行く事もなく、もしかしたらオレ達3人全員土砂に飲み込まれてたかもしれない。美月ちゃんはオレやリョータの命の恩人でもあるんだ」
「…母も、同じように言ってくれました…。私と目を合わせられなかったのは、私に対して後ろめたかったからだって…。自分のせいで、負わなくてもいい心の傷を負わせてしまったことへの…」
「うん」
「私、それだけで十分報われて、もう叔父にどれだけ憎まれようと、暴言吐かれようと、どうでもいいやって思えるようになりました」
「強いね」
橋本さんが目を細めて私を見た。
「だって…再生していかなきゃ。私の家族を」
第28話に続く。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?