キャリコン課題図書「偶然を飼い慣らす」イアン・ハッキング
キャリア理論家クランボルツの「計画された偶発性」理論によると、個人のキャリア形成の8割は偶然の出来事の積み重ねである。それをチャンスとして考えて、偶発性を引き起こすような行動をしようというもので、キャリコン界では人気あるし僕もいいなと思う。自分自身の生活実感にもとても合っていて特に会社以外のフリーランス活動では偶然の出来事が多い、出会いとか気づきとかいい意味で偶然の出来事ばかりなのだ。というように個人的には偶然って悪くないよなと思うのだけども哲学の世界では偶然ってなんかややこしいことなのだった。
思弁的実在論の哲学者クァンタン・メイヤスーは「有限性の後で:偶然性の必然性についての試論」において「イデオロギー批判とは要するに、常に不可避なものとして提示される社会状況が実は偶然的なものであると論証することである」、、、なにやら気合いが入った言い方だけど、世界のあれこれが実は偶然であるということを暴露することがイデオロギー批判になるのだと言っている。個人的にはそんな鼻息荒く暴き出すとか言わんでも、普通に偶然に溢れてるよね、、、と身も蓋もなく思ってしまうのだけども、哲学の世界認識では一般的には決定論が支配的なのであるということらしい。決定論というのは、原因があって結果があるというように世界の始まりから終わりまで全ての事象は決定されているというものである。
確かに、人類は宗教にしても科学法則にしても原因→結果という構造の方が安心感があるししっくりくるのであろう。
<VUCAの時代>なんてわざわざ言うくらいだから、先が見通しにくくてどうなるかわからん不安感みたいなものは嫌だしできるだけ排除したいのだろうね。
この決定論が支配的な人類の世界認識に対し、偶然要素が混入してきたと主張するのがカナダの哲学者イアン・ハッキング「偶然を飼い慣らす」である。
19世紀の第二次科学革命の時代あたりから<印刷された数字の氾濫>が起きた。人々の身長、体重、病歴といった健康データや、家計の収支、人口移動などあらゆるものがデータ化されてゆく。そうなると世界の偶然性、ランダム性が発見され決定論の立場は危うくなってゆく。これをハッキングは「決定論の侵食」と呼んでいる。世界は確率的なものであって偶然の要素に溢れている、なので原因→結果みたいな決定論は「侵食」されているという説だ。
イアン・ハッキングは 科学思想史として詳細にこの辺の事情を書き出す。このような「決定論の侵食」は統計学の発展につながる。<印刷された数字の氾濫>からある程度の法則を見出すことができるようになるのだった。これをハッキングは「偶然の飼い慣らし」が完成したと見る。これはある意味では決定論の変形版のようなものかもしれない、偶然を確率的に扱えることによって統計的に運命が決まっているとも言えるからだ。例えば自殺者が社会には一定数いると言うことは統計学により明らかだ、そうなるとそれは決定論にも見える。
それによりも何よりも、ハッキングは統計学による社会の統制可能性について気持ち悪く思っている。たとえば政府が全てのデータを掌握していた場合に統制が強化され、そこには自由意志とか偶然の入る隙間は減ってしまうのでは、、、一方で良い面もある。例えば健康診断の結果がデータ化されており、定期的に検査を勧めるメールが来るとか、そんな風にデータ化のおかげで病気の予防ができたりする。これは良い面だろう。
DXの時代。どのみち社会のデータ化は今更止めることはできない、そこに統制の気持ち悪さを見るのか、便利ならいいじゃんなのか、決定論なのか自由意志なのか、、これは哲学だけの問題ではなく社会制度設計の問題でもある。最近はそこにA Iも加わっているので話はややこしい。
「偶然を飼い慣らす」は哲学者パースの紹介で終わっている。パースは論理学者、数学者としてどんなに計算しても偶然の要素は排除できないのであって、そこに自由意志の存在証明を見るのであった。僕としてはなんとなくパースの考え方が好きですね。偶然が起きた方が人生面白いしVUCAの時代全然オッケーなんで。
ハッキングの意図としては「偶然を飼い慣らす」と言う言葉には統計学による社会の統制という意味合いを込めておりポジティブとは言い難いと思うけども、僕としてはいい言葉だと思う。クランボルツ先生の言うことはまさに「偶然の飼い慣らし」なのではないか。生きていると偶然いろんなことは起きる、でもそれに右往左往したり偶然の濁流に飲み込まれるのではなくて、チャンスとして考えてしなやかに行動すること。常に好奇心、持続性、楽観性、柔軟性、冒険心を持ち「偶然を飼い慣らす」こと。
この世界は偶然なのか決定論なのか、自由意志はどこにあるとか、便利でかつ気持ち悪くない社会制度設計って何みたいな議論は好きなのでいくつか本を読んできたり自分で考えてきた。また関連書籍の感想をアップしたい
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