アスリートと生理100人プロジェクト VOL.11 :出身競技が違うからこそ難しい“ラクロス界の構造”とは
「ノーノーマル」を掲げるReboltが、世の中に存在する「ジェンダーの当たり前」に問いかけるべくスタートした「アスリートと生理100人プロジェクト」。
日々挑戦し続けるアスリートは、生理とどのように向き合ってきたのか。そのリアルな声を、生理で悩む人たちへの解決策・周囲がサポートするきっかけへと繋げることを目的としています。
第11回目となるアスリートと生理100人プロジェクト14、15人目のゲストはラクロス選手の高野 ひかり選手と川口 ひかるさんです。社会人女子ラクロスチームにおける選手とチームスタッフがどのように生理に向き合ってきたのかお話をお聞きしました。
高野 ひかり さん
神奈川県出身。1991年12月17日生まれ。大学からラクロスを始め、今年で11年目となる。日本一を2連覇した実績を持つNeO LACROSSE CLUBに所属。またアスリート社員として株式会社ProVisionで働いており、広報ブランディングなどを担当。日本代表に選出されるほか、2回のW杯出場経験を持つ。
川口 ひかる さん
神奈川県出身。1995年12年11日生まれ。大学卒業後、怪我をきっかけにプレイヤーから分析スタッフへ転向。NeO LACROSSE CLUBではアナライザーとして選手を支え、日本一を2連覇。U-19日本代表スタッフとしての選抜歴を持つ。
【今回のインタビューを振り返って】
内山:ひかるとは大学時代に出会い、スポーツ(ラクロス)をツールに「やりたい」を実現する姿に刺激を受けていました。そのご縁で高野さんをご紹介いただきました。社会人となった今もラクロス界のトップで奮闘するお二人の等身大のお話から新たな気付きの生まれるインタビューとなっています。プレイヤー・アナライザーというそれぞれの立場から話すラクロス界のリアルをぜひご覧ください…!
気絶するほどの痛み、パフォーマンスにも影響する生理痛の重さ
ー高野さんは大学からラクロスを始めたとお聞きしていますが、他競技のご経験も含めて生理に悩んだ経験はありますか?
高野:私は生理痛が重いほうなので、たくさんあります。
特に忘れられない出来事があって、大学1年生のときリーグ戦の初戦の前日に生理痛がひどくて自宅のトイレで気を失ってしまい、次の日寝坊するという大失態を犯してしまって。
体調は悪いしコンタクトを入れるのも忘れるほどだったので色々と大変でしたね。生理痛が重くて毎回真っ青になっていました。
ーチームには寝坊した理由を話したのですか?
高野:いえ、寝坊したことを謝っただけで理由は言わずにいました。練習後、先輩から様子がおかしかったと心配されたのですが、自分からは言えなかったですね。
ー普段から生理痛で練習に出れなかったりパフォーマンスに影響したりすることはあるのですか?
高野:大学のときは練習を休むことはなかったのですが、パフォーマンスに影響することは多くありました。みんなから心配されるほどダメージが大きかったです...。
ー生理中の練習について、「休めなかった」と「休まなかった」だとどちらでしょうか?
高野:休まなかったですね。部活の風土がそれほど厳しくなかったので休めないことはありませんでしたが、自分が生理痛で休みたくはないなという...負けず嫌いだからか分からないのですが。
ー自分の意思で休まなかったのですね。川口さんはいかがですか?
川口:私の大学ではあまり休めなくて。練習に参加することで試合に出られる可能性が高まるという考えを持っているヘッドコーチだったので、生理痛がすごく重い人も参加していました。
なので、グラウンドで選手がうずくまってしまう光景はよく目にしましたね...。
相談の場はあるが具体的な対策はまだ
ー生理痛がひどいときの対策について教えてください。
高野:薬は絶対に常備ですね。大学生のときは本当に生理痛がひどかったのですが、ラクロスでオーストラリアに留学したのを境にすごく軽くなって。
前までは救急車を呼ぶか悩むほど辛かったのが、今は薬だけで過ごせるようになりました。
ー急に軽くなった理由は何ですか?
高野:それが分からないのですよね。食生活なのか、気候なのか...。とにかくオーストラリアにいるときは生理中でも「無」だったので本当に衝撃的でした。
ー生理痛の重さにも変化があるのですね。川口さんはチームスタッフとして、選手の生理をはじめとする体調管理などで取り組んでいることはありますか?
川口:一般的なラクロス界での取り組みは分かりませんが、私のチームではほとんど取り組んでいないのが正直なところです。
生理痛が重い人は練習を見て分かるので、何種類か痛み止めを常備していつでも対応できるようにはしています。
ー生理痛などの悩みはトレーナーさんに相談するのでしょうか?
川口:はい、相談は任意でするようになっているので、相談しない選択をする選手もいれば、相談に来て練習を休む選手などさまざまです。
しっかりとした対策はできていませんが、同年代だから言いやすいと思いますし、そういう環境があるのは大切だと思います。
生理について情報提供の場があるといい
ーNeOさんはどのようなスタッフ体制なのでしょうか?
川口:マネージャー、トレーナー、分析スタッフと主に3つに分かれていて、仕事の都合があるので来れる人が行くという形をとっています。なので、8人のときもあれば2人しかいないときもあります。
ー練習メニューは誰が考えているのですか?
川口:チームに監督や指導者がいないので、選手が考えています。選手の中でも4、5人の技術幹部がそのときの目標や強化したいポイント、弱点などを考慮して練習メニューを組んでいますね。
ー選手それぞれに役職があるのですね。
川口:そうですね。グラウンドをとったり外部と連絡したり...あとは協会との調整などがさまざまな役割を持っています。
ー川口さんは分析スタッフですが、高野さんの役職は何になるのですか?
高野:昨シーズンは特にありませんでしたが、これまで5年間ほど技術幹部をやっていました。
ー主に練習メニューを考えるとなると、生理に関するサポートは優先順位が低くなってしまいますか?
高野:フィジカル面や身体を鍛えること、そして体調管理や栄養面についてはトレーナーを中心にスタッフがやっていますが、生理に特化して何かをするといったことはあまりないですね。
ー選手目線で「こういう体制があったら良いな」などありますか?
高野:何かあったら相談できるので問題ありませんが、理想をいうのであれば、生理の悩みを持っている人に対して情報提供の場があれば嬉しいですね。
そうすれば、食べ物なのか生活サイクルなのか分かりませんが、どんどん個人で実践していけるのかなと思うことがあります。
ー選手個人が持っている生理に関する情報が少ないと感じているのですね。
「生理はあって当たり前」と認識しているので、現状は個人で情報を拾いに行く時間もないし、考えも行きつかない。情報提供によって、もしかしたら生理痛が軽くなってパフォーマンスが上がる選手がいるのかもしれないなと考えています。
グラウンド優先によって起こる弊害
ーNeOさんはラクロス界のトップチームですが、普段の練習はどのような環境で行っていますか?
川口:毎週土曜日と日曜日にグラウンドをとっているのですが、河川敷だとトイレが無かったり、あっても公衆トイレだったりということはあります。
更衣室がない場合もあり、夏場などは特に選手は辛いのではないかと思います。
ー更衣室がない場合、着替えはどこでされているのですか?
高野:その場でプール用タオルのようなものを持ってきて簡易的な目隠しをつけて着替えるパターンと、グラウンドまで車で来て練習後そのまま銭湯にいくパターン、そして駅のトイレまで歩いてから着替えるなどですかね。
特に今年はコロナの影響で外部のグラウンドだと更衣室が使えないこともあり、大変でした。
ー生理用品などはどうするのですか?
高野:ゴミ袋を持参して、家に持ち帰るなどですかね...。
ーとても過酷な環境なのではないでしょうか。
高野:夏は本当に大変ですね。でもラクロスはそんなにグラウンドがあるわけではなく「練習できるグラウンド」が最優先されるものなので。
施設とか周りの環境が後回しになってしまうのはみんな合意の元でやっているのですが、他の競技から見たらありえない環境だろうなとも思います。
出身競技と生理用品の関係性
ーラクロス選手が生理用品として使っているものはナプキンが多いのでしょうか。
川口:一度話したことがあるのですが、選手に任せている分バラバラでしたね。ナプキン、タンポン、あとは月経カップを使ってみようかと言っている選手もいました。
ー選手それぞれが選択肢を持っている環境なのですね。
高野:はい。あとは出身競技も関係していると思います。
ーどういうことでしょうか?
高野:大学でラクロスを始める前までやっていた競技が、使用する生理用品に影響していることがあるのです。例えば水泳や水球の選手はナプキンを使えないので、タンポンを使っていることが多いなどですね。
ーなるほど。ちなみにラクロスはユニフォームが短いですが、ナプキンを使用していて危ないと感じる瞬間やトラブルはありますか?
川口:ユニフォームによるかなとも思います。Neoは白のユニフォームのときもスカートは必ず青にしていますが、中には上下とも白のチームもあって。生理のときはつらそうだなと思っています。
ー上下とも白ユニが採用されているチームもあるのですね。
川口:しかも、最近のトレンドがタイトなスカートなのですよ。少し前までは余裕のある長めのスカートだったのですが…。短くて白色だと、少しでもモレると経血で染まってしまいまって大変だと思います。
生理の話になりにくい構造
ーお二人は日本代表としても活動されていますが、代表でのサポート体制についてはいかがですか?
川口:スタッフと話している限り、生理のサポート体制についての話になったことは一度もないですね。
ー生理に関する話を代表のスタッフの中で話したことはありませんか?
高野:もちろん相談はできるのですが、サポート体制があるかと言われると、無いなというイメージではあります。
ーこれまでお話を伺った中で、JISSで代表活動の前は産婦人科を受診するとお聞きしたこともあるのですが、ラクロス界はいかがでしょうか?
川口:ないですね。JISSは関係ありませんが、ほかのスポーツ選手に大学生の頃から産婦人科へ通っている方がいました。
ーその競技とラクロスは何が違うのでしょうか?
川口:それこそ「競技での当たり前」ですかね。みんなが当たり前に産婦人科へ通っている環境と、そうでない環境では全然違ってくると思います。
ラクロス界ではそういった話を全然聞かないので、みんなが産婦人科へ通うとはなりにくい環境なのかなと考えています。
ー外から入ってくる情報は少ないのですか?
川口:少ないかもしれません。ラクロスはさまざまなスポーツ出身の選手がいて競技レベルも異なるので、あまり情報の一貫性の貫流などもないですね。
ーさまざまな選手がいるからこそ、情報がうまく回ることもあれば錯綜してしまうこともあるのですかね。
川口:そうですね、構造的に生理の話になりにくいのかなと。それ以外にも違うことがたくさんあるので、その違いについて話したり慣れたりするのが大変という理由もあります。
「女性だから」という当たり前を押し付けず
「競技者」「プレイヤー」として見て欲しい
ーアスリートと生理100人プロジェクトは、「ノーノーマル」を掲げるReboltが、世の中に存在する「ジェンダーの当たり前」に問いかけるべくスタートしたプロジェクトです。これは女子サッカー界や女性スポーツ界にいる中で、「女の子だから」「女性だから」という「ジェンダーのアタリマエ」で選択肢が制限されることが多いと感じてきた経験から生まれたビジョンです。
今回、高野さん、川口さんが女子サッカー界や女性スポーツ界で感じた「ジェンダーのアタリマエ」があれば、ぜひ教えてください。
高野:「女性だから、早く引退して結婚したら」などの声をよく聞くようになりました。同世代の男性ではこのような言葉はかけられないと思うのですが、「女性だからそれが普通じゃない?」と言われることはありますね。
悪気があるわけではないと思いますが、色々な女性がいるし「別に良くない?」と感じることがあります。
ー年を追うごとにそういった声をかけられることが増えてきたのでしょうか?
高野:今年で29歳になるのですが、周りでは結婚したり子どもがいたりする人も増えていて。そういう視点で見られるのも当たり前なのかな、とも思いますけど...。私はいつも「時がきたら」と回答しています。
ーひかるさんはいかがでしょうか?
川口:SNSなどを見ていて感じるのですが、例えばテニスで日本ランク上位の選手がいても、その選手よりも美人で発信をたくさんしている選手のほうがSNSのフォロワーが多いことがあります。
なかにはテニスに関係のないファンの方がついていることもあり、「競技者」「プレイヤー」としてではなく性の対象で見られていることがあるのは女性だと特に感じます。それが残念ですし、どうにかならないかなと思いますね。
ープレイヤーとして見ていないファンがいると感じる場面があるのですね。
普段は一般企業で働いているのですが、スポーツ界は感度が高いと感じます。会社員で働いている方は普通に「彼氏いるの?」「いつ結婚するの?」などと、当たり前かのように、あたかも正解かのように聞かれることが多くあり、まだまだ世界は違うのだなと。ラクロス界は多様性が高いので、こういう当たり前も広がれば良いなと思っています。
--------編集後記--------
さまざまな競技出身の選手が集まるラクロス界。生理に限らず色んな情報が錯綜してしまう恐れがある一方で、うまく情報共有ができれば必ずラクロス界ならではの強みになっていくと感じました。
また、練習できるグラウンドの確保が最優先で更衣室やトイレの環境は悪くても仕方がないというお話が印象的です。決して簡単なことではありませんが、トップチームから少しずつ環境を改善していくことでラクロス界に良い影響を与えていけるのではないでしょうか。
(編集:仮谷真歩)