アスリートと生理100人プロジェクトVOL.3 生理による不調を経験し尽くしたスプリンターが、ピルを選んだ理由
「ジェンダーのアタリマエを超えていく」をビジョンに掲げる株式会社Reboltが企画する「アスリートと生理100人プロジェクト」。日々挑戦し続けるアスリートは、生理とどのように向き合ってきたのか。そのリアルな声を、生理で悩む人たちへの解決策・周囲がサポートするきっかけへと繋げることを目的としています。
第3回のゲストは、陸上短距離選手の中村水月選手。1996年生まれの石川県金沢市出身で、高校時代の日本ユース陸上競技選手権大会では100m2位・200m優勝、大学時代の日本インカレでは100m・200m・4×100mリレーで3冠を達成するなど、日本のトップスプリンターです。
陸上選手としてのキャリアを積み上げる中、PMSや月経不順に悩まされてきた中村選手。トップレベルで競技を行う上で、生理による身体の不調とどのように向き合ってきたのでしょうか。今回は、中村選手が実際に生理の問題と向き合ってきた過程を掘り下げていきます。
1996年3月22日生まれ。石川県金沢市出身。石川県小松商業高校から大阪成蹊大学に進学し、現在は三友プラントサービス株式会社に所属。自己ベストは100m11秒57、200m23秒66。
「もう、その日は捨てるしかない」生理痛がもたらす身体の不調と変化
-陸上選手としてのキャリアの中で、生理による身体の不調や悩みを抱えていたことはありますか
いっぱいありますよ。生理の悩みって年代ごとに変わると思っていて、その変化が大変やなと。生理痛は中・高校生のころまで気にしたことはありませんでしたが、大学生から最近にかけて重くなりました。冷えやむくみなどの“The 生理”な症状は、年を追うごとにでていますね。
-なるほど。生理痛がひどくなってきたと感じ始めたのは具体的にいつですか
大学3年生やったと思います。当時は生理痛で腰がすごく痛いし重くて。練習がしんどいと感じていました。
-生理痛がひどくなった原因は自分で理解していましたか
原因は分からないです。歳のせいなのかなと思っています。
-ちなみに、周りの陸上選手の生理痛の悩みは聞いたことがありますか
あります。練習中に動けなくてうずくまる子も居ます。試合に生理がかぶるって話は、陸上女子内では多いです。生理で貧血の症状が出てしまって、走り終わった後にフラフラしちゃう子もいますね。
私自身、noteやYouTubeで生理のことを発信していますが、それを見て相談をしてくれる人も多いです。生理の悩みを抱えてる子はやはりいるんだなと感じています。
-なるほど。中村選手も生理痛でお腹が痛くなるとのことですが、お腹が痛くなると走りに影響は出るのでしょうか
出ます。どのスポーツでも、体幹をうまく使うようにと言われますよね。基本的に走ることは腹筋を使いますが、お腹が痛いと全く腹筋を使えなくなってしまう。腹筋が使えないと背筋や腰もうまく使えないので、お尻が残ったような走り方になります。普段、身体のバランスは腹筋で取る感覚なので、腹筋と背筋が機能しない時点でバランスが取れません。なので、その状態になってしまったときは、その日は捨てるしかないと思いながら走ります。
-中村選手は、そこまで細かく身体のことを考えているのですね
陸上界の痩せないと走れない思考が引き起こす、月経不順
-陸上と生理の話では、長距離選手のエネルギー不足による月経不順問題をよく耳にします。エネルギー不足による月経不順問題は短距離選手にも当てはまるのでしょうか
意外と短距離にも月経不順問題はあります。長距離選手は、貧血になった場合は走り続けられません。でも、短距離は長い時間は走らないからこそ、貧血であっても走れてしまうことが多いです。なので、貧血であっても見過ごされてしまう。短距離選手でも、体脂肪率が低い子や生理がこないなど、生理に関しての問題を抱えている子は多いです。
-生理に関する問題を抱えている選手はなぜ多いのでしょう
陸上だけなのかは分かりませんが、痩せないと走れない思考が関係すると思います。基本的に、陸上のパフォーマンスは自分の身体ありきで、体重によってパフォーマンスが変わります。高校生年代で少し体重が増えた子が、部活の顧問から痩せなさいと指摘されることがあったりもします。
-しっかりと筋肉がついている選手よりも、細くて軽い選手の方が速いイメージが日本の陸上界では強いのでしょうか
社会人では、しっかり筋肉がついてムキムキな選手もいれば、細い体で軽く走る選手もいます。でも、基本的に中学生まではみんな細い。細い身体から成長するにあたって、成長が身体についていけないことがあるのではと思います。
-中村さんは、月経不順を経験したことはありますか
初経は中学2年生のときでしたが、その後、周期通りにきたイメージはないです。18日から19日のスパンできたり、そうかと思えば30日から32日も空いたり。私にとってはそれが普通でした。
-どれぐらいの期間、周期の乱れは続いたのでしょうか
2019年の9月からピルを定期的に飲みだしましたが、それまではずっと不順です。不順であることが問題だと思っていませんでした。
-不順が良くないことだと気がついたきっかけはありましたか
不順が良くないと思ったきっかけと、ピルを飲み始めたきっかけは別でした。不順が良くないと思ったきっかけは2つです。1つは高校時代の不正出血。生理が終わった1週間後に出血量の多い生理がきた時があって、さすがに産婦人科へ行った方がいいと思いました。
もう1つは大学4年生のころ。体脂肪率を落としすぎて、試合で不正出血をしてしまったんです。当時、体脂肪率は8%前後だと思います。
-8%!!!
試合に出場すると体重が2から3キロ落ちるんです。大学4年生の時はリレーも出場したので、100mが3本と200mが3本、リレーが2本の合計8本を3日間も走っていました。
-ハードスケジュール!!!
しかも、試合の日は全く食べられなくて。大学4年生の時は試合も連続していたので、体重を戻す期間がありませんでした。体脂肪率も下がってしまい、そのせいで不正出血がひどくて体調も悪かった。やばいと感じて産婦人科に行きました。
-陸上をなめていました。すごくハードですね。試合は短距離を1本走ったら終わりなのかと思っていました
しかも、走るのは10秒ほどですが、ウォーミングアップは1時間半ほど費やしています。
ナプキンが見えていないか不安。丈が短すぎる陸上のユニフォーム
-話は変わりますが、陸上のユニフォームはパンツが短いですよね。生理用品を選ぶのが大変だと想像しますが、選手は実際にどんな生理用品を使用することが多いのでしょうか
私は大学3年生からタンポンを使っていました。それまではナプキンを使っていましたが、ユニフォームから出ていると何度か言われた記憶もあります。生理の3日目に試合が被ったときがあって、ナプキンよりも薄いおりもの用シートを使っていたら漏れてしまったことがありまして。それが理由でタンポンに変えたんです。
他の選手も、大学生までタンポンを使っていないのではと思います。そもそも、タンポンを使ってることを公にしたくない子が多くて、話はあまりしないのですが。
-陸上の短距離は、スタートの際にお尻を上げますよね。生理用品をつけていると気になりそうだなと。
丸見えですよね。生理用品が見えていないか不安になります。ユニフォームが短いので、走り終わったあとに布が食い込むこともあります。その時も、生理用品が見えていないか不安です。
それに、出血量が多い日は、走るギリギリまで漏れていないかどうかも心配になります。アップ中や移動の際に、ウォーミングアップ用のウェアを脱げば「漏れてるで」と言い合うこともできますが…。普段は走る直前にウェアを脱ぐので、もし漏れていたとしても試合前に変えることはできません。
-辛いですね。走る直前まで生理について考えなければいけないのは嫌でしょうし、何か起きていたとしてもどうしようもできないは辛すぎます。
ピルを飲み始めて気づいた、自分で生理をコントロールするラクさ
-先ほど、2019年からピルを飲み始めたとお話しされていました。現在、ピルは何を使用していますか
ヤーズフレックスです。最大3ヶ月、ずっと飲み続けることができます。
-ピルを使ってみて、どうですか
ラクですね。ピルを使い始めた理由は、海外の試合に生理が被るのが辛かったからです。日本は水が綺麗で生理用品も充実していますが、海外ではどの生理用品を買えばいいのか分からない。泥くさいシャワーが出てくることもあって、生理の時はきついと感じていました。なので、ピルで生理がくるタイミングをコントロールできた方が、海外遠征や試合においてラクだと考えました。
ピルの種類によっては合う合わないがあると聞いていたので、ピル果たして自分に合うのかをまずは試したくて。2019年から始めました。
-では、最初は実験的に始めたのですね。そして、いざ使ってみたら調子がいいと
そうですね。ピルを飲むまでのここ数年はPMS(月経前症候群)による気持ちの浮き沈みが大きくて。よくモヤモヤしたりイライラしたりしていたので、その症状が改善されたのはラクです。
-PMSは感じていたタイミングはいつだったのでしょうか
私の場合は生理の1週間前です。とは言いつつも、生理が周期通りにはこないので、いつPMSになるのかは予測できない。あの時のイライラやモヤモヤは生理のせいだと、あとになって気がつくのが辛くて。きつい態度を取ってしまった自分へのマイナスな思考がありました。
実際、ピルを飲んでいても、休薬期間にPMSになることはあります。でも、自分で日程をコントロールしているので、イライラやモヤモヤの理由がPMSだと分かる。PMSの時期はあまり人に会わなくしたり、何かあったとしても生理前だと伝えることができるので、気持ちがラクです。
--中村さんがピルを使用しようと思った際、初めて相談した方は誰でしたか
私の場合は特殊だと思います。海外の遠征に行く際に、事前手続きのためにJISS(国立スポーツ科学センター)に行かなければならず、そこでは産婦人科や内科の先生を受診するんです。そのときに、定期的に生理がこないことを伝えたところ「ピルをあげることも出来るから、生理をコントロールした方がいいよ」と。
-なるほど。JISSではピルがアタリマエな選択肢の1つなんですね
そうですね。その受診のとき、初めてピルがあることを知ったんです。2019年に大きな怪我をして試合に出られない時期があったのですが、ピルを試すなら今だと思って始めました。
-ちなみに、周りの選手はピルを使っていますか
今は大学生と一緒に練習をしていますが、大学生に生理のことを相談されたときは産婦人科に連れていったりしています。
-親みたいですね(笑)
スポーツに特化した先生のいるスポーツ産婦人科が、家の近くにあるんです。大学に通っている子も行きやすい場所にあるので、予約して行っておいでと勧めています。実際に、スポーツ産婦人科でピルを勧められて飲んでいる子もいれば、飲まないと選択をした子もいます。
--大学生にとっては、ピルを使用しているアスリートのモデルとして中村選手が身近にいますもんね。それこそ、中村選手がJISSでピルの選択肢を知ったように、大学生が中村選手から新たな選択肢を教えてもらえることは良い環境ですね。
大きな怪我は生理の時に。生理と怪我の関係性
-- 先ほど、2019年に大きな怪我をされたとお話しされていました。生理と怪我は関係すると思いますか
私が怪我をするときはいつも生理のときです。特に、大きな怪我をするときは。前十字靭帯を切りましたが、そのときも生理の最終日。ぎっくり腰にもなりましたが、そのときは生理の2日目でした。
-お話の冒頭で、生理のときは腹筋や背筋の力が入りづらいと話されていました。ぎっくり腰は、その現象とまさに関係がありそうですよね
ぎっくり腰になったのは、階段をジャンプしながら登るトレーニングをしていたときでした。トレーニング中、お腹も腰も生理痛で辛いなと思っていました。練習を抜けるかどうか迷っていた日だったので、抜けておけばよかったと思っています。
感覚的に、生理のときは関節が緩くなると思っています。股関節が硬くなって、それ以外の場所は緩く感じたりもします。ちなみに、生理痛があまりこなかったときの生理の方が関節は緩く感じます。
-トップアスリートだからこそ、敏感に感じられる部分ですよね。そこまで自分自身の身体のことを分かっていれば予防もできそうですね
そうですね。でも、予防は今まで全く意識していませんでした。むしろ、緩いときは身体が動きますし、生理も最後の方になると体が軽くなります。その結果、結構なスピードが出るので、予防する必要性を感じなくて。
-なるほど。自分の身体の変化を指導者の方に話すことはありますか
全く走れないときに生理だと伝えることはありますが、調子がいいときに生理だから調子がいいとはならないですよね。なので、相談は調子が悪い時にするくらいです。
-その相談する相手は指導者の方やトレーナーさんでしょうか
どちらもあります。陸上は試合までの期間、絶対に走らなければいけない日があるんですよね。人によっては、1週間か2週間分の走らなければいけない日が決まっています。なので、その休めない日に生理が被った時は、トレーナーさんに身体の使い方や状態を相談することはありました。
監督やコーチは男性で、相談しても保健の授業程度の返答だと思っていたので「生理がこんな感じです」と伝えに行くだけですね。
-報告として伝えてはいるのですね
そうですね。生理であることを指導者に伝えられるかどうかは、人によるとは思います。
-そうですよね。言いづらい方もいらっしゃるでしょうし、指導者の方との関係もあると思います
大学のときは、練習メンバーが女子しかいなかったので、女子の会話の中に監督がいるような状況でした。なので、生理だってことを会話の中で普通に言うことができました。現在、練習に参加している大学は男女が入り乱れているので、言えない子もいますね。私は必要だと思うので言いますが。
-サッカーのようなチームスポーツは、指導者に伝えないと練習を休めないこともあると思いますが、個人競技は個人の裁量が大きいのではと想像します。陸上では、生理による練習参加については自己判断の部分が多いのでしょうか
大学生は「ここから抜けます」「ちょっと休みます」と監督に伝えないといけないこともあると思います。「生理なので」ではなく「体調が悪いので」と伝える子もいるとは思いますが。その方が気持ち的にラクでしょうし。
気持ちよく競技に打ち込める、そんなユニフォームが着られるように
--最後の質問になります。Reboltは「ジェンダーのアタリマエを越えていく」をビジョンに掲げています。これは女子サッカー界や女性スポーツ界にいる中で、女の子だからとか女性だからと選択肢が制限されることを感じてきた経験から生まれています。これを踏まえ、中村選手が陸上界や女性スポーツ界で感じたジェンダーのアタリマエがあれば教えてください
陸上選手のユニフォームは、身体がしっかりと見えるものを着なくてはいけませんが、そのユニフォームを着たくないと思う子もいると思います。個人種目だと選べることはあっても、例えばリレーを走るなら全員同じユニフォームを着なくてはいけないですし。
高校生だと、なおさら選択肢がない高校も多いと思うので、アタリマエのように身体の線が見えるユニフォームを着なくてはいけない。それが個性を殺していて、ユニフォームのデザインに引っかかりがある子は、気持ちよく競技に打ち込める場所ではないと思ったりもします。
-確かに。胴回りの丈が短いユニフォームだとお腹も見えたり、肩周りもノースリーブですよね
少しごつめな水着のような感じ。ユニフォームのメーカーによっては、胸元が空いてるデザインやおしゃれなデザインもありますが、それらは女性的。今まで陸上競技をしてきた中で、完全に女の子ではない雰囲気の子もチームにいましたが、その子たちは嫌なのではと思います。
-選択ができればいいですよね。ズボンを長めのスパッツのようにしたり、袖の長さを長くしたり
長袖はないですね。基本的に全部ピチッとしています。
-ピチッとしているユニフォームは、競技の特性を考慮しているのでしょうか
風の抵抗を受けにくいので、ぴちっとしているデザインはマストなのでは。最近、露出の多さは陸上界でも問題になっています。ユニフォームも変えていこうとする流れはでてきていますね。
-ニュースにもなっていましたよね。そのように、変わろう変えようとする動きは出始めているのですね
そうですね。発信する選手も多くなってきましたし、自分のジェンダーについて話す選手も増えてきました。私も色々な選択肢があっていいなと思っています。スポーツ界は大きい組織だから変えづらいこともありますが、変わっていけばいいと思います。
----------終わりに----------
生理痛やPMS、不正出血に月経不順と、生理によって引き起こされる心身の不調を全てと言っても良いほど経験してきた中村選手。生理に長い間苦しめられてきた中村選手が話す「自分で生理をコントロールすることのラクさ」には、説得力を感じます。
生理による心身の問題に悩まされる全ての人が、中村選手の姿から解決策へと繋がるヒントを得られるのではないかと期待しています。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?