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生理の話を「じぶん」から「わたしたち」の話へ - 松下政経塾・生理研修レポート-

OPTは女性アスリートたちの声を社会に接続し、既存の「普通はこうあるべき」をなくすために、研修プログラムの企画・実施やアスリートの派遣を行うエデュケーション事業を行なっています。

生理研修はOPTが行うエデュケーションテーマのひとつ。生理のある人もない人も、身体と心についての正しい知識を学ぶ機会と、多様なあり方を肯定しあう組織をどう作るかについて考える場を提供しています。

OPTが生理をテーマとしたエデュケーションをはじめたきっかけは、第1弾プロダクトである吸収型ボクサーパンツの発売でした。

吸収型ボクサーパンツは、554人のアスリートの声から生まれました。生理によっておこる心身の問題が「仕方のないこと」とされてきた現状に問いを立てるために生まれたプロダクトでしたが、製品を作って売るだけでは問題の全てをカバーすることはできませんでした。生理で悩む当事者だけでなく、周りの人たちにも正しい知識を身につけてもらうことも、同時にOPTがやるべきことではないかと考えたのです。

松下幸之助氏が設立した”未来のリーダー育成塾”である松下政経塾42期生の大瀧真生子さんからお声がけいただいたのは、OPTが生理をテーマにエデュケーションを始めたばかりのころでした。トントン拍子で話が進み、2022年3月に第1回生理研修を実施。その際に出たアンケート結果を元に第2回の内容を検討し、9月に第2回を実施しました。

第一回 生理研修の様子 photo by Kazuki Okamoto

今回は、本研修の立案者である大瀧さんと、同期の伊崎大義さんにOPTによる生理研修を行うことになった経緯や、実際に研修を実施しての感想や成果について伺いました。

※OPTは「女性だけに生理があるわけではなく、すべての女性に生理があるわけではない」という前提のもと研修を実施しています。OPTのファウンダーである下山田はノンバイナリー、内山はトランスジェンダー男性であり、女性ではありませんが"生理がある人"です。また、トランス女性や手術で子宮を摘出した女性は"生理がない人"です。OPTでは「女性だけに生理があるわけではない」「すべての女性に生理があるわけではない」という前提を、プログラム制作時ならびに研修の際にお伝えしています。


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インタビュアー: OPT ファウンダー 下山田・内山
インタビュイー:松下政経塾生 大瀧さん・伊崎さん

◎生理研修を実施したきっかけは同期の退塾

ーー松下政経塾さんで「生理研修」を行うことにされた経緯をお教えいただけますか。

大瀧:全ての始まりは、私たちの同期Aが研修を始めて2週間で月経困難症を理由に塾を去ったことにあります。彼女は松下政経塾に入塾してから慣れない寮生活の環境の中で緊張感の高い状況が続き、ストレスが溜まっていたようなのです。それが月経困難症として表出して、過呼吸となり、それがきっかけで体調を崩して最終的に塾を去りました。それに対して私たちは適切なアプローチができなかったんですよね。

ーーAさんに対し、周りはどんな反応をされたんでしょうか。

大瀧:正直なところ、「え、単なる生理でしょ?」という空気感がありました。そもそも松下政経塾には、開塾から今まで男性の方が多く、生理の知識が不足していました。サポートが十分といえる環境ではなく、Aは組織を去って行きました。私はこれから一緒に頑張っていこうとしていた同期が辞めてしまったことがショックでしたし、生理が理由で組織を去る人がいるというのは非常にもったいないことだと考え、生理研修を企画したのです。

ーー初めてお会いした翌月に第一回の生理研修を実施しましたが、スピーディーに実施まで漕ぎ着けることができた理由をお聞かせいただけますか。

大瀧:もともと、政経塾には塾生が企画して行うプロジェクトの枠がありまして、その枠を活用することができたためです。初めてお会いした日に「来月やるのでお願いします!」と即決したことを覚えています。

第一回 生理研修の様子 大瀧さん photo by Kazuki Okamoto

◎第1回生理研修「生理について知る」

ーーこれまでOPTは主にスポーツの現場で生理研修を行ってきたので、社会人に対しての生理研修は松下政経塾さんが初めてでした。そのため、どんな軸で研修を実施していくかについて大瀧さんと一から話し合い、研修を作っていきましたよね。

大瀧:生理を経験したことのない塾生たちには、まず生理の知識を知ってもらうところから始めなければならないと思い、「生理について知る」をテーマに第1回目を行いました。

ーー「1日の経血量はどれくらいあるのか」「生理はどんな周期で来るのか」「生理用品はどんな仕組みになっているのか」などをプログラムに組み込みましたよね。

大瀧:はい。生理がない男性陣に実感を持ってもらうことが大切だと考え、1回分の経血量の水で濡らしたナプキンを実際につけてもらいました。やってみると、「どうやって開けるのかわからない」「この紙はどうするんだ」「このペタペタしている部分はどこにつけるんだ?肌につけるのか?」といった素朴な疑問が出てビックリしました。また、研修中にナプキンの水がスラックスに染みて椅子を濡らしてしまう塾生から「これが経血だったら大変だね」という率直な言葉がでてきたように、生理の大変さを実感してもらう機会となり良かったと思っています。妹や姉、娘がいる人も知らないというのは私にとって驚くべきことでした。

ーー伊崎さんの立場から第1回目の研修に参加されての感想をお聞かせください。

伊崎:これまでは使うことも買うこともなかった生理用品を、実際に使って知ることができたのはすごく意義がありました。あの機会がなかったら一生触る機会がなかったと思います。

しかし、意義を感じると同時に、第1回目の研修では「生理を知る」の先にある部分については話が及ばなかったことが気になりました。

第1回 生理研修の様子 photo by Kazuki Okamoto

◎生理を知ったあとに考えなければならないこと

ーー伊崎さんは第1回研修を終えた後に、こんなアンケートを書いてくださったんですよね。このアンケートの意図を、もう少し詳しくお聞かせいただけますか。

生理というテーマである以上、どうしても「分かってほしい」という部分が先行しているように感じてしまいました。「生理の概要は学んだ。では、実際に何をすれば良いのか?」というシンプルな問いに対する答えがあると行動に移しやすく、行動からマインドも変わっていくかと思います。 

第1回 生理研修後のアンケートより引用

伊崎:そもそも松下政経塾は未来のリーダーを育てる場所で、塾生たちは今日学んだ知識をもとに「自分がリーダーになったときに実際何をしようか」ということを常に考えるようにしているんです。

第1回目の研修では、生理の時に生理用品を使って不快感を持ったことがある、あるいは生理痛がひどい、といった知識は知ることができましたが、リーダーの立場になったときに、それを踏まえてどういう配慮をして、どういうルールを作っていくのか、というところまでは話が至らなかったんですよね。そういう具体的な議論がない限り、世の中って変わっていかないと思うんです。

ーーアンケートには「『分かってほしい』という部分が先行しているように感じてしまいました。」と書かれていましたが、研修を通じて押しつけのようなものを感じたということでしょうか。

伊崎:男性は、自分たちの今の環境が普通だと思って生きてきたので、自分たちが足りないことを認めて、歩み寄らなければいけないという「正しさによる圧」のようなものを感じた人も多いと思うんですよね。

我々はリーダーを目指す以上、生理について必ず理解しなければならない立場ですが、リーダーの立場にない会社員や学生だったとしたら「自分たちの身体には関係のないことなのに知る必要があるのか」と思ってしまう恐れがあります。「生理について知らない自分たちの非を認めてくださいね」「あなたたちは、できていないことを自覚して頑張ってやらなきゃいけないんですよ」と言われている気持ちになる、ということです。その心理的なハードルをどう超えるかが重要になると考えています。

第1回 生理研修の様子 伊崎さん photo by Kazuki Okamoto

ーー「毎月生理が来る人たちがどのような困難を抱えているかを知ってほしい」という視点で研修をスタートしましたが、本来はもう一歩引いて「そもそもなぜ、生理の話をみんなでする必要があるんだろう」というところからスタートしなければ、スタート地点に立てない人がいるということですよね。

伊崎:これまで、OPTの生理研修を受けてこられた人たちは、どんな反応を示されていましたか。

ーーこれまではスポーツチームの指導者や保護者に対して研修を行ってきたので、「選手をサポートしなければならない」という義務感から研修を受けておられたように感じます。

伊崎:おそらく、そこが1番難しい点なんですよね。義務感から生理を学ぶのではなく、いかに当事者意識を持って学べるかというところが。

当事者意識を醸成するには2つのアプローチがあると思っています。一つは「想像力を巡らせる」。自分が生理で苦しんでいたら…。障がいがあり、日常生活に多くの不便があったら…。でも、想像力って人に強要することはできませんよね。

もうひとつの方法が、主語を「自分」から「私たち」「この組織」「この街」へと変えることだと考えています。同じチームのメンバーにとってよりよく働ける、よりよく暮らせることが自分にとってもいいことなのだと思えれば、自分が苦しんでいる当事者でなくとも、当事者意識を持てるのではないか、と。

大瀧:それはすごく大切だよね。今回の生理研修を実施するにあたり、企画者である私が他の塾生や職員と「仲良し」であることがプラスに働いたと思っています。特に職員のみなさんや同期とは「WE」の関係が築けていて、一緒にこの政経塾をよくしていこうと思えている。私は伊崎がいなければ、今伊崎が塾で取り組んでいるイノベーションや地方創生の話なんて考えることはなかったでしょうし、逆に伊崎も、辞めた同期や私がいなければ生理や女性の多くが抱える問題について考えることなんてなかったでしょうし。この塾で一緒にいるから、一緒に考えることができています。

伊崎:それがまさに、多様性の重要なポイントですよね。僕たちの同期はバックグラウンドが多様だったこともあってコミュニケーションのコストが高かったんですね。

多様であることは大変なこともありますけれど、やっぱり重要なことだと思ってますし、これからの時代は正しく仕事を素早くこなすことよりも、いろんな視点から自分たちが気づけなかったことをチームで補っていく、一人でできないことをみんなでフォローしていく時代だと思っています。そのためには生理への理解も重要です。

第一回 生理研修の様子  photo by Kazuki Okamoto

ーー生理の話には「これ」という正解がありません。だからこそ、生理について話す時は画一的な人たちが喋るよりも、いろんなバックグラウンドを持った人たちが多様な意見を出し合う場所を作る方が良いと思っています。議論はまとまりにくいかも知れないけれど、結果として「生理による問題によって組織からメンバーがいなくなるリスクとどうやって向き合うか」に対する解決策を出すことにつながるはずです。

伊崎:そこで僕も第2回の生理研修の企画に参加することにしました。生理を切り口に「多様性について考えてみよう」をテーマに行うことになったのです。

大瀧:伊崎やOPTのおふたりと相談し、「多様性 → ジェンダーギャップ → 生理の知識 → ロールプレイング」という流れで研修を行うことにしました。一般的な生理研修では多様性やジェンダーの議論には至らないことが多いと思うのですが、OPTさんだからこそ、そこまで踏み込んだ内容にすることができました。

◎第2回生理研修「多様性について考えてみよう」

ーーロールプレイングでは、実際に組織で起こりそうな3つの事例でロールプレイングを行いましたね。松下政経塾さんの研修では、グループディスカッションが非常に盛り上がったのが印象的でした。実際にロールプレイングを行ってみていかがでしたか。

第二回 生理研修の資料より抜粋

大瀧:私たちは議論が大好きなので…(笑)。一つ目の事例で「育休を(とりたいと)考えているんですけど」というAさんの発言にある裏の意図について話し合っていた時、私のグループの一人が「制度があるなら使えばいいじゃん」と切り返していたんです。それに対し、別のメンバーは「この発言は制度そのものについて尋ねているのではないはず。気持ちに対して寄り添うワンクッションが必要ですよね」と伝えていたのが印象的でした。

ーー3つ目のロールプレイングは、松下政経塾さんで行われている早朝研修を題材に行いましたね。

第二回 生理研修の資料より抜粋

伊崎:塾では毎朝早朝に起きて、ラジオ体操・竹箒での清掃・ランニングをこなします。40年続いており、暗黙の了解として休んではいけないことになっています。

大瀧:でも、私の同期は早朝研修にでないといけないというプレッシャーがストレスとなり、月経困難症が重症化してしまったという経緯があったため取り上げたいテーマでした。

ーーロールプレイングの題材は①育児休暇、②生理休暇、そして③早朝研修の欠席でした。こちらから見ていても、①②は休暇を取らせる方向で話し合いが進んでいましたが、③になった途端急に「それは…」という空気感になったのがわかりました。

大瀧:育休や生理休暇に対しては「それはちゃんと取るべきだよね」という流れだったのに、早朝研修の話になると急に「いや、出席することが政経塾のルールだから」と組織の内側のルールが持ち出されるのが乗り越えていかなければならない壁だな、と思いました。

伊崎:企画する時点で総論賛成、各論反対になるだろうな、と予想していました。テーマの①②は自分ごとでなかったものが、③で自分も関与する話題となり急にリアル感が出てきます。世間的に良いとされていることと、自分たちの組織がよいとしていることがぶつかった時に本音って出ちゃいますよね。

今回のロールプレイングのテーマ設定はすごくいい流れだったと思います。一般論からいざ自分事になった時に、結局休むことには反対するんですね、と。認知の歪みが露呈したということです。

大瀧:今回参加した男性たちも研修を通じて自分達の認知の歪み、ダブルスタンダード的なものを感じたと思うのですが、女性もそれに気づいていたのが印象的でした。

ある女性塾生が「今回研修を受けて初めて、この塾が女性に優しくないということを実感しました」と仰っていて。こんなふうに、男性と同じようにやらないといけないと思い込んでいる女性も多いんです。自分の中のリーダー像が男性型になっていることに気づけていなかったのです。

伊崎:生理を経験しているから生理への理解があるというのは違いますよね。おそらく、女性の先輩塾生に早朝研修の話をしたとしても、「私たちもやったんだからやりなよ」となると思います。

第一回 生理研修の様子 photo by Kazuki Okamoto

ーー2回目の研修の最後に、ある男性Bさんが「松下政経塾はリーダーを輩出する場所なのだから、緊急事態が起きた時に体調を理由にリーダーがその場にいないわけにはいかない」という発言をされてさらに議論がヒートアップしましたよね。女性の参加者の皆さんが次々に挙手されて、意見を交わしていました。その中で私が印象的だったのは「今Bさんが仰ったリーダー像は変えていかないといけないもの。これからのリーダー像は新しく作っていいんですよ。」という一言でした。そんな意見を言える場所になったというだけでも、今回の研修をしてよかったと思っています。

大瀧:生理研修でリーダー像の話まで至ったことは、すごく価値があることだと思います。現状、松下政経塾は男性の方が入塾にあたって障壁が少ない立場であるのは間違いないので。この生理研修をきっかけに、"男性型リーダー"をどれくらい作っていくかではなく、塾生が目指すリーダー像、政経塾が目指すリーダー像を見直せるのではないかと思っています。

ーーロールプレイングの際に、Bさんが「僕は偏頭痛がひどいけど休んだことはない」とポツリと言っておられて。Bさんも偏頭痛がひどい中、災害時にみんなの前に立たないといけない経験があったのかもしれません。きっと偏頭痛を我慢して頑張っておられたのでしょう。そういう経験があったからこそ、葛藤があるのではないかなと思いました。

大瀧:私も、しんどい時に踏ん張る大切さ、忍耐の必要性をすごく理解していますし、政経塾の各部屋にも「大忍」という紙が飾ってある通り、リーダーは忍ばないといけないことがあるとは思っています。しかし、毎朝早朝研修のために起きることによって忍耐力を醸成していくのかと言われたら違うと思いますし、休まないという振る舞いで信頼を得るのではなく、それ以外のところで信頼を得ていくことがこれからのリーダーに必要なことではないかと思っているのです。

伊崎:僕は基本的に合理主義者なので、生理痛や偏頭痛がひどい時にリーダーが前に立つことが必ずしも正しいとは思いません。何かしらの理由でリーダーがベストパフォーマンスを発揮できない事情があるならば、サブリーダーが円滑に代替できるシステムを作ることが重要です。生理だけでなくて、例えば事故で急にリーダーが不在になることも起こり得るので、その点を日頃から意識して組織を作ることが大事だと思っています。世の中は予想外のことが起きるので、これからはど根性ではなくて、緊急時に対応できるような組織づくりやルールづくりをする方が誠実で、結果的にみんな幸せになるのではないでしょうか。

第1回 生理研修の様子 photo by Kazuki Okamoto

◎目指すリーダー像をブラッシュアップする

ーー今回「生理研修」を2回実施し、どんな変化や成果があったと思われますか。

大瀧:1回目で生理の知識をじっくりと身につけ、生理の不快感を実感する機会を作り、2回目で多様性について議論する。この流れだったからこそ、リーダー像まで話が及ぶ有意義な研修になったと思っています。少なくとも私の同期は性別にかかわらず「生理」という言葉を自然と使ってコミュニケーションが取れるようになりました。

また、少なくとも生理休暇や産休について「そんな人がいなければいい」「組織をやめればいい」という意見が出なかったことは重要だと思いました。政経塾のメンバーは少なくとも「多様性は大切である」「男性だけの組織ではなく、女性やあらゆるジェンダーの人が組織に加わることで考え方が変わる」という考えを前提として持っているということを知れてよかったです。

ーー当たり前のように思われるかも知れませんが、これまで私たちが研修をしてきた中ではロールプレイング中に「じゃあ辞めればいい」という意見を出す人もいました。政経塾さんでは、多様性が大切だという前提のもと、制度や風潮をどう変えていくべきかという一歩進んだ議論ができたのがよかったですね。

伊崎:まだ具体的な制度を作れていないので入り口の門をノックしたくらいになってしまっていますけれど…。これからも議論を続けていく必要があると思います。

大瀧:政経塾が目指すリーダー像についてや、これまで暗黙のルールだとされてきたことについて今一度見直していかなければなりません。

ーー 2回の研修を経ての組織内における変化についても継続的に観察し、
3回目の研修を行えたら嬉しいです。今回は貴重なお話をお聞かせくださりありがとうございました。

大瀧・伊崎:ありがとうございました。

第2回 生理研修の集合写真

(編集: 中﨑史菜)

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