風鈴
僕は25歳、派遣社員。1月に出た緊急事態宣言のおかげで仕事が全くない。ただ家にいる、そんな毎日。
僕は田舎で生まれ、兄と弟が2人いる4人兄弟。
小さい頃はこれといった不自由なく育てられた。節分には豆を撒き、春は花見をしたり、家族で海に行ったり小高い丘の上にある美術館に行ったりもした。
18歳になり大学へ進学。家から通える大学がないので親元を離れ一人暮らしを始めた。
そこから7年が経つ。年に2〜3回程度しか実家に帰ることもなく、仕事場と家を往復する生活から現在は家に引きこもってネットの世界で稼ぎ口を探す生活。
いつしか僕が住んでいる場所は日本のようで日本でない、日本の言葉を扱うだけの場所になった。
文化的に優れている日本において、四季折々、全く代わり映えのない日々。気温に合わせて羽織る服を変えるだけの日々。
そんな混沌とした世界をただ歩いていた僕。正月に母とじっくり話した。母はこんな状況の僕を叱らなかった。
「まあ、生きてるんならよかった、生きててくれればいいよ」
僕は混沌とした毎日の中、生きているか死んでいるかもわかっていないような日々を送っていたが、目が覚めた。
『生きているところ、生き生きしているところを母に見てもらわないと』
その一心で兼ねてからぼんやりとやりたかった分野の専門学校を受験した。結果は無事合格。もちろん借金をして通うことになるのだが、母はおめでとうの言葉をくれた。
「生きててくれればいい」
僕は生まれ変わった。今まで生きてきた頑ななプライドは捨てた。新しい自分、新しい生活を始め、母が僕らに体験させてくれた文化、海に行ったり山に行ったり祭り、スキー、美術館、節分、クリスマス、そういった素通りしてきたものも全部取り戻すんだ。
僕に新たな心が生まれた。
ATMで家賃を振り込んだ帰りにスーパーに立ち寄ると、恵方巻が置いてあった。
その恵方巻を買って帰り、食べた恵方巻の味は、あの頃とは違う味だった。
複雑で入り組んでいながらも美味しかった。