世界の美しい瞬間 7
7 前線北上中
鴨川に春が来た。
枝を精一杯伸ばして咲く花の間から、空が木漏れ日のように、ちらちらと見え隠れする。
桜は今にもこぼれ落ちて来そうだ。
昨年の秋、階段から落ちた。
幸いにも生きているし、自転車にも乗れる。
打った頭は今でも痛む。
落ちた瞬間のことは、全く覚えていない。
脳は本当に、怖い記憶にはシナプスを繋ごうとしないらしい。
毎日、ただ生きることだけにしがみついていた。
そうこうしているうちに、荒神橋の欄干がかけ変わって、工事の防音シートが取れたら、
その向こうに川沿いいっぱいに花が明かりを灯していた。
わたしはただただこの瞬間を待っていたのだと、
今年は嬉しくて涙が出た。
冬寒いのは当たり前だし、季節の変わり目に寒暖の差があるのは毎度のことだ。
けれど、
寒いと言いながらもなんとか暖を取って、
何を着れば快適に過ごせるか頭を働かせて、
どう工夫すれば生きていられるのかを日々追い求める。
そうした中で自然と、来るときが来れば花はひらくものなのだ。
落ちた瞬間から、ひとときたりとも、後悔はない。
4月、新しく始まることが、誰の人生にも訪れたことがあるし、これから先もあるだろう。
わたしの人生にも、もちろん、あなたの人生にも。
次へ向かえ、と、
春も満開で応援してくれている。
続