
世界の美しい瞬間 9
9 重なる光
なぜだろう、あの人が今この瞬間、同じ時代に生きている。
幸せだ。
そう思える人の一人である、彼について。
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彼はいつも言うのだ。
「僕には才能がない。だから、ひとつをやる。手を動かして、とりあえずやる。やっているだけです」
ゼロから1を10回重ねると、10になるかも知れない。
僕はいつもゼロです。才能はないです。
その彼のライブステージを、全国のファンが次の公演は今かと待っている。
チケットはいつもほぼ完売。
「僕は劇場にいます、って言っているけれど、劇場に行ったらお客さんがいるんですよね」
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またもう一人の彼は言う。
「才能ないんだよね、だからいっぱい作るしか、ないんだよ。曲が降って来るのが羨ましい。そんなこと一回もない。いつもないから絞り出してる」
ライブハウスに来いよと言う。
こっから帰ったら現実が待ってる、けれど、ライブはお前らのもんだから、ライブハウスの中でだけは、絶対に楽しませるから。
ここに全部置いていけ、と真剣に約束する。
ライブでしか顔を合わせない客全員を、無条件に信頼する懐の広さ。
彼の言葉に、歌詞に、曲に、ライブに、励まされ、力をもらい、一瞬でも生きる楽しみを貰ったファンは計り知れない。
もちろん、チケットは即ソールドアウト。
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ジャンルやカテゴリーは全く違う。
生きる世界が重なることがない二人は、顔を合わせたことはおそらくない。
それでも、二人が言っていることは、同じなのだ。
自分の持つ世界観が、多くの支持を得られず、誰とも重なることがないと気が付いたとき、どうしただろう。
世界から逃げるか、世界を作るか、世界に合わせるか。それらのミックスか。
幼い頃、合わせることしか、わたしには生きる術が見つからなかった。
そして、自身しかいない場所へと逃げ、世界に対して、ネガティブなエネルギーしか発していなかった。
けれど、大きくなってから、彼らに出会えた。
彼らがわたしにその生き様で訴え続けてくれていることは、ただひとつだ。
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今、ある先生に教わっている。
夢を叶えるには、ということ。
先生は私の1.8倍くらい生きておられる。
先生は彼らと全く同じことをしつこくしつこく、おっしゃって下さる。
「やるだけです。ただそれだけの違いです」
今の自分がどうだろうが、才能があろうがなかろうが全く関係ない、ただやるかやらないか。
もちろん、ステージ上でしか会わない彼らとは違って、具体的なことを細かくアドバイスして下さる。
彼らに惹かれ続けているのは、ライブステージを観に行くのは、ずっと、自分に言いたかったことを、彼らが訴え続けてくれているからだ。
才能なんか関係ない、やるだけだ。
少し先で、彼らが行動で、態度で、結果で指し示してくれている。
わたしの生きている世界に、光のように現れ、こっちだと示し、存在し続けてくれる彼らは、
たとえ一回も会話を交わしたことなどなくても、かけがえのない存在である。
彼らの存在そのものが、ありがたく、美しい。