まとめ編 04:アクションとプライベートレッスン2
石田憲一
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1月は、過去の配信を1週間分ごとにまとめて編集したものをお届けします。
<アクションとプライベート・レッスン2>
月:プライベート・レッスン(PL)の起源
ブルースリーと沖縄空手
ブルースリー は、道場を閉めてプライベートレッスンに移行した。
沖縄空手:横山和正著「沖縄空手の学び方」日貿出版社より
基本→型→応用
基本は応用を生み出し、応用は基本によって打ち出される。
まずは動きの反復練習から会得し、レベルが上がるに従い初めて細かい注意点を検証していく。
基本・型・応用の稽古で身につけた全てが「空手の技」となり、それは特定のカタチを持った体技ではないのです。
空手の稽古は、「やったことながないことが咄嗟にできた」という火事場の馬鹿力的な能力を開発するものであり・・・=アクションに置き換えると、パターンに対応する定型練習ではなく、毎回その場で発明するということ。
「手=振り付け」と、技=どうやるかというアクション戦略に基づいた結果としての動き、の違いを理解する必要がある。
火:プライベート・レッスンの相性
プライベート・レッスン、インディビジュアル・アクション、アクションスター級
インディビジュアル・アクション(IA)とは、個人が自立したアクション
PLはIAが確立されていないと、あまり意味がない。
個人が自立しているからこそ、個人練習が意味を持ち、なおかつ有効なメソッドが必要とされる。
つまりメソッドなしでは、PLも意味がない。
個人で練習できて、個人で成長できるメソッドそのものを伝えるから、PLである必要がある。
さらには、そこからの対人練習への移行、またその関係性が重要だからこそ、PLで丁寧に教える必要がある。
水:PLとアクションスター級
アクションスター級への極意=スターワークこそ秘伝なので、PLでしか教えることはできない。
では、スターワークとは何か。技に例えるなら、大技ではなく小技。マクロではなくミクロ。違いを生む微細かつ繊細なディティールの積み重ねが、圧倒的な違いを生み出す。
まさに建築家ミース・ファン・デル・ローエが言うところの、「神は細部に宿る」に匹敵するものであり、起業家ジェームス・スキナー言うところの「違いを生む違い」そのものである。
とはいえ、基本ができていなくては、あまり効果をなさない。と言うよりは、その状態でやったところで表現に説得力が生まれない。
だから単に良く見せるためのノウハウではない。
全てが噛み合ったところに最後にはめるパズルのピースのようなものである。ゆえに習得に地味に時間が掛かるので、初期から練習する。
木:PLとホスピタリティ
アクションとは、ホスピタリティ
なぜなら究極の立回りにおいては、ホスピタリティが働いているから。
現在のアクションは、単なるサービス。
知の新書J02「おもてなしとホスピタリティ」新資本経済学会編・E.H.E.S.C
サービスとは、一対多数、多数対多数の関係で、「いつでも、どこでも、誰にでも」同じことがなされる仕方です。
ホスピタリティは、一対一の関係で、「いま、ここで、この人に」の接し方です。
だからこそホスピタリティとしてのアクション指導とは、プライベート・レッスンでしかなしえない、ということになる。
ホスピタリティの定義は「自己の自己に対する関係において、非自己が他の非自己と働きあう自己技術の、対的インターアクションの述語的場所における、述語的アクティビティがホスピタリティである」。このレベルで立ち回りができている人はほとんどいない。だから理解されなくても仕方ないが、広める必要はある。
金:PLの構成
大別すると、個人でできる練習法とその指導、対人練習。
個人練習と対人練習がなぜつながるのか、その理論的関係を説明したうえで実践するから、やる気満々・効果絶大となる。
飽きないための並行練習だから、初日から実戦的に動く。
地味な個人練習だけだと飽きるので、技の練習や対人練習も並行して行う。
型で練習
体で覚えることが重要なので、対人練習でも型で反復しながら、徐々に精度を上げていく。
同時に対人での運動構造をマスターするために、型練習が必要。
手を合わせることが最重要
立回りとは、究極的には手を合わせることでしか、上達できない面がある。ただしすべての人がそれだけで上達できるわけではないのは、基本ができていないから。
最重要な基本ができていなくては、手合わせによる上達は不可能。だから双方がメソッドとして必要。
有名無名のアクションの達人たちと手を合わせてきたからこそ、手から手へ伝わる極意の重要性が理解できた。それをプライベート・レッスンだからこそ実現したい。
<アクションとプライベート・レッスン2>
月:プライベート・レッスン(PL)の起源
ブルースリーと沖縄空手
ブルースリー は、道場を閉めてプライベートレッスンに移行した。
沖縄空手:横山和正著「沖縄空手の学び方」日貿出版社より
基本→型→応用
基本は応用を生み出し、応用は基本によって打ち出される。
まずは動きの反復練習から会得し、レベルが上がるに従い初めて細かい注意点を検証していく。
基本・型・応用の稽古で身につけた全てが「空手の技」となり、それは特定のカタチを持った体技ではないのです。
空手の稽古は、「やったことながないことが咄嗟にできた」という火事場の馬鹿力的な能力を開発するものであり・・・=アクションに置き換えると、パターンに対応する定型練習ではなく、毎回その場で発明するということ。
「手=振り付け」と、技=どうやるかというアクション戦略に基づいた結果としての動き、の違いを理解する必要がある。
火:プライベート・レッスンの相性
プライベート・レッスン、インディビジュアル・アクション、アクションスター級
インディビジュアル・アクション(IA)とは、個人が自立したアクション
PLはIAが確立されていないと、あまり意味がない。
個人が自立しているからこそ、個人練習が意味を持ち、なおかつ有効なメソッドが必要とされる。
つまりメソッドなしでは、PLも意味がない。
個人で練習できて、個人で成長できるメソッドそのものを伝えるから、PLである必要がある。
さらには、そこからの対人練習への移行、またその関係性が重要だからこそ、PLで丁寧に教える必要がある。
水:PLとアクションスター級
アクションスター級への極意=スターワークこそ秘伝なので、PLでしか教えることはできない。
では、スターワークとは何か。技に例えるなら、大技ではなく小技。マクロではなくミクロ。違いを生む微細かつ繊細なディティールの積み重ねが、圧倒的な違いを生み出す。
まさに建築家ミース・ファン・デル・ローエが言うところの、「神は細部に宿る」に匹敵するものであり、起業家ジェームス・スキナー言うところの「違いを生む違い」そのものである。
とはいえ、基本ができていなくては、あまり効果をなさない。と言うよりは、その状態でやったところで表現に説得力が生まれない。
だから単に良く見せるためのノウハウではない。
全てが噛み合ったところに最後にはめるパズルのピースのようなものである。ゆえに習得に地味に時間が掛かるので、初期から練習する。
木:PLとホスピタリティ
アクションとは、ホスピタリティ
なぜなら究極の立回りにおいては、ホスピタリティが働いているから。
現在のアクションは、単なるサービス。
知の新書J02「おもてなしとホスピタリティ」新資本経済学会編・E.H.E.S.C
サービスとは、一対多数、多数対多数の関係で、「いつでも、どこでも、誰にでも」同じことがなされる仕方です。
ホスピタリティは、一対一の関係で、「いま、ここで、この人に」の接し方です。
だからこそホスピタリティとしてのアクション指導とは、プライベート・レッスンでしかなしえない、ということになる。
ホスピタリティの定義は「自己の自己に対する関係において、非自己が他の非自己と働きあう自己技術の、対的インターアクションの述語的場所における、述語的アクティビティがホスピタリティである」。このレベルで立ち回りができている人はほとんどいない。だから理解されなくても仕方ないが、広める必要はある。
金:PLの構成
大別すると、個人でできる練習法とその指導、対人練習。
個人練習と対人練習がなぜつながるのか、その理論的関係を説明したうえで実践するから、やる気満々・効果絶大となる。
飽きないための並行練習だから、初日から実戦的に動く。
地味な個人練習だけだと飽きるので、技の練習や対人練習も並行して行う。
型で練習
体で覚えることが重要なので、対人練習でも型で反復しながら、徐々に精度を上げていく。
同時に対人での運動構造をマスターするために、型練習が必要。
手を合わせることが最重要
立回りとは、究極的には手を合わせることでしか、上達できない面がある。ただしすべての人がそれだけで上達できるわけではないのは、基本ができていないから。
最重要な基本ができていなくては、手合わせによる上達は不可能。だから双方がメソッドとして必要。
有名無名のアクションの達人たちと手を合わせてきたからこそ、手から手へ伝わる極意の重要性が理解できた。それをプライベート・レッスンだからこそ実現したい。