見出し画像

極秘資料が語る「歴史的利上げ」の全貌 (西野智彦の金融取材ファイル#1)

80年2月 大平・前川会談の舞台裏(その1)

1990年代の終わりから経済政策の検証に取り組んでいる。
他社との特ダネ競争に疲れてしまったこともあるが、ニュースの舞台裏を「遅行的」に調べ直すことで、秘密のベールに包まれた政策決定プロセスや当局者たちの人間模様がわかれば、それもまた報じる価値があると思ったからだ。

折しも、戦後最大級の金融危機が起きていた。当時、現役の経済記者だった筆者は、北海道拓殖銀行や山一証券の破綻など日々のニュースを速報しつつ、テレビでは伝えきれなかった危機の真相を本にまとめ、何冊か世に出した。

初期の検証取材は、当事者のインタビューがベースとなったが、しだいに彼らが残した日記やメモ、政府・日銀に眠るオーラルヒストリー(口述史)に興味を抱くようになる。そこで情報公開請求などを駆使して機密文書やオーラルヒストリー記録を大量に入手し、政策検証の土台とすることにした。
これらの内部文書は、政策の構想段階から決定に至るまでの間に、組織内でどんな議論が行われ、ほかにどのような選択肢が検討され、政治サイドとどう調整したのかを知る重要な手がかりとなる。

もちろん、口述史は当人の記憶に依拠しており、往々にして「過去の美談」となりがちだ。このため、証言の信憑性と客観性を担保しようと、彼ら自身の日記や手帳などで裏付けを取り、周囲への聞き取り調査も重層的に行った。その結果、大量の取材メモと当局の機密文書が書庫に積み上がった。

政策検証は、次の世代に「成功と失敗の教訓」を伝承するだけでなく、国民への開示を通じて民主主義そのものの基盤を強化すると筆者は考えている。前日銀総裁の黒田東彦も、退任後、雑誌『公研』に次のような一文を寄せた。

「過去の経験を振り返り、ポリシー・スペース(政治的・社会的に可能な政策範囲)の判断が間違っていなかったか、その下でも経済理論的に最適な選択をしていたのか、検証することが望ましい」(2024年1月号)

黒田の教えに倣い、手元にある大量の文書とメモを活用しながら、過去の金融・経済政策を改めて検証しようと思い立った。連載1回目は、80年2月の「予算委員会中の公定歩合引き上げ」の舞台裏を明らかにする。(敬称略)

◆日銀は身動きならぬ

 振り返れば、80年は年明けから不穏な情勢だった。
78~79年のイラン革命を機に原油価格は跳ね上がり、さらにソ連がアフガニスタンに侵攻した。第2次オイルショックと国際商品市況の高騰でインフレ心理が台頭しつつあった。また、米国の高金利政策により為替は円安・ドル高となり、1㌦=200円台が続く。レベルは異なるものの、ここ数年の日本とよく似た状況だった。

当時の日銀総裁は、着任したばかりの前川春雄。首相は大平正芳、大蔵大臣は竹下登である。すでに前年から金融引き締めに転じていた日銀は、70年代の「狂乱物価」を繰り返さぬよう公定歩合の再引き上げに動こうとしていた。

総務部(現在の企画局)が作成した1月23日付のペーパーに、引き締め強化の方針が次のように明記されている。

ここから先は

1,362字

西野智彦の金融取材ファイル:スタンダードプラン

¥550 / 月
初月無料
このメンバーシップの詳細

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?