見出し画像

ありもしない結末の話

あの人に泣かれる夢を見た。

1ヶ月ほど前の、別れてまだ間もない夜のことだ。
LINEであっけなく終わったはずの彼が、久しぶりに私の目の前に現れたのは。

気付くとそこは実家の一室。畳のにおい。
障子が少し開いていて、薄っすらと西日が差し込んでいる。どうやら午後のようだ。

彼は隣に正座して、私の様子を伺っていて。
その場には父も母もいて、四角いテーブル越しに両親と彼が同じ部屋にいるという、今までにないイレギュラーな状況に嫌でも背筋が伸びる。

彼は先程から黙ったまま何も言わない。
困ったような顔で、時々視線を彷徨わせ、私に何か言おうとして、やめたりしている。

そして何故か、私のことをしきりに気にしているようで。
どうしたんだろうと思いながら、彼に問う言葉を探していると、目の前に座る母が言う。

「それで、何だっけ?」

その時急に設定がおりてきた。

彼と私は、ここに来る直前までケンカをしていた。
そして仲直りしないまま二人並んで、両親と対面している。

ケンカの理由は……なんだったっけ。思い出せない。
夢だからか、さすがにそこまで作りはうまくないようだ。
わからないけれど、ケンカをしていたという設定が今は大事なのだろう。

「私、」

小さく息を吸い、隣の彼に向き直った。
なんだかむしゃくしゃした気持ちだ。
父は黙って、事の成り行きを見守っている。

「あなたといて、この先幸せになれるかわからない」

その言葉に、彼はショックを受けたように固まる。

「あなたのことを幸せにできるかも、わからない」

じわりと、彼の目に涙が滲むのを初めて見た。
私の前では一度も泣いたこと無かったくせに。
こんな時には泣くのか。
少し驚いたが、私は半ば呆れた気持ちで続ける。

「だから、」

私たちはもう、一緒にいられない。

そう言いかけた私を遮って、違う違う、と母が首を振る。
毒気を抜かれる私と、悲しそうな彼。

「そうじゃなくて。
 この前言ってたでしょ」

「え?何か言ったっけ」

もちろんこれは夢なので、この前もなにもない。
けれどわからないなりに、思い出そうとしてみたら、急にその言葉が浮かんだ。

そうだ、簡単なことだった。
恋する気持ちの根本的なところを忘れていた。

意識して呼吸をすると、少しだけ落ち着いた。
仕切り直してもう一度、口を開く。

「私が、こんなふうに怒ったり、
 泣いたりするのも」

彼が私を見ている。

「一緒にいるのも、こうやって実家まで連れてきたのも、」

私も彼を見つめる。

「全部、あなただからだよ。
 あなたじゃなきゃこんなことしない。
 それくらい好きだから。信じてるからだよ」

思い返してみればそれが全てだった。
あなたと一緒に、歩いていきたい。
たくさん楽しいことをしたい。
何度も笑い合いたい。

『あなたとだから』

そういう気持ちがあったから、恋をしている。付き合っている。
だから。

その言葉の続きは、目を赤くして泣き出した彼の口から紡がれた。

「本当にごめん。これからは羽忘のこと、
 もっとちゃんと大切にする。
 俺もそうなんだ。羽忘じゃなきゃ……
 だから」

彼が私の手を握る。
告白してくれたあの時みたいな手のひらの熱に包まれて、胸が締めつけられる。

「俺と、」


その一瞬、目覚ましのアラームで目が覚めた。
ほんの少し前までたしかに幸せの中にいたのに、途端に現実に引き戻される。

悲しさや寂しさはなかった。
むしろ、もう一つの結末を体験して、スッキリした気分だった。

私はたまに、思う。
夢とは、あり得たかもしれない未来の断片なのかもしれない、ということ。
それは、人生において無数に転がる選択肢の中で、選んだこととは別の行動をとったその先の物語。

夢の中の私もきっと、パラレルワールドのどこかにたぶんいるんだと思う。
彼と結婚して、うまくいった未来、いかなかった未来。きっと両方ある。

ところが、現実は一度きり。
後悔ない選択なんてない。
その時私がそうしたことが、正解だと信じることだ。
幸せとは、思い込みでもなれるものだと思う。

ちなみに私は、最終的に幸せになる!っていう謎の自信があるので、きっとそうなる。
そう思う。根拠はないけれど。

いいなと思ったら応援しよう!