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水底にゆらめく赤い帯  一衣帯水の地のバレンタイン

山根あきらさんの #青ブラ文学部
一衣帯水の地のバレンタイン」というお題で作品を!
                   という募集に 応募したものです。


ある山深い地にゆきという娘が暮らしていた。
とりたてて美しい娘ではなかったが、山や畑で働く両親を助け
幼い弟の面倒をみる心優しいしっかり者だった。
弟は「ねえちゃん ねえちゃん」と慕い、いつもそばを離れない。

ゆきの暮らす家は、村の中でも人里離れた山の奥にあった。
すぐそばを流れる谷川に沿って下ってゆくと
やがて村を東西につらぬくひとつの大きな流れに合流する。


そこでは、山からのいくつもの渓流が、深く静かな瀞( とろ ) に流れ込み
一衣帯水の地」という聞きなれない言葉で呼ばれていた。

ひとつの「衣帯」(帯)のような、狭い「水域」という 小難しい意味を持ち
「イチ イタイ スイノ チ」などと 舌をかみそうな名が、なぜこの瀞につけられたのか 誰も知らない。

その流れの美しさに、旅のお坊さんが ふとつぶやいたという説もあり
( 全く はた迷惑なお坊さんだ。学のある者にはかなわない ) と、村人は心中でつぶやく。

山ひとつ越えた隣り村に行くには、この瀞の上流にかかった丸木橋が一番の近道だった。


さて、まもなく十五になる ゆきには 隣り村に住む 将吉という許婚があった。

旧正月も間近という寒い日に、隣り村からやって来た薬売りが言った。
「ここのゆきさんは、隣り村の将吉さんと許婚じゃったの?」
「へえ、春には嫁ぐことになっとりますが、それがなんぞ?」

「それがエライ事や。あの息子さん 山仕事で大怪我してなぁ。
 命に関わる心配はないじゃろうが、治るまでだいぶかかりそうや」

ゆきは 真っ青になった。
親同士が決めた許婚とは言え、二人の間には確かな愛情が芽生えていたのだ。


すぐにでも飛んで行きそうな娘に、父親は
「今日はもう遅い。明日の朝から行ってこい」

翌朝、母親があれこれと用意した見舞いの品を背負って
草鞋で身じたくした ゆきは家を出た。

「上の橋は危ないよって、遠回りでも下の橋を行くんやぞ。分かったな?」

一人でやりたくはなかったが
親子そろって家を空けるほど、のどかな暮らしではない。
やるべき仕事が山のようにあるのだ。

だが、こくんとうなづいて 家を出た娘は、暗くなっても戻らなかった。

そして、一睡もできない夜を過ごし
翌朝早くから娘を探しに出た父親は、上の橋の下流の淵に恐ろしいものを見た。


「あっ あれは!」
そこには、半分ほど解けかかった、ゆきの紅い帯がゆらめいていた。
そして 水底には白い顔が…

( ああ〜 なんという事だ。あれほど言ったのに、なんで上の橋を渡ったんや!
そんなに 将吉に早う会いたかったんか… )


人手を集めて引き上げられたゆきは、橋のたもとに眠る事になった。



それから十年余りの月日が流れ
大人になった弟は、亡き姉のために 石を刻み小さな石像を彫った。
上の橋のたもとに据えられた素朴な石像は、優しいほほえみをたたえ
いつしか「一衣帯水の乙女」と呼ばれるようになっていった。

そして、また後の世に
この地を旅した詩人によって、この乙女像のいわれは広く知られる事となる。

その上、恋人への贈り物を手に この橋を渡り 乙女の像に祈りを捧げると
願いが叶うという都市伝説まで生まれ
とうとう、辺鄙な山村に生まれた乙女の伝説は
「一衣帯水の地のバレンタイン」として 語り継がれる事となった。

そして 今年も 2月 バレンタインの季節になると
橋のたもとにある小さな石像に、お参りに訪れる若い女性たちの姿がある。

恋人への贈り物が 彼の心に届きますように
この恋がかなえられますように と 

一条の帯のように流れる青い水の地に立ち
この地で散った愛情深い乙女に、真摯に祈りを捧げるのだった。


山根あきらさんの #青ブラ文学部 に参加させていただきます。
どうぞよろしくお願い致します。


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