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[連載小説] オオカミは もうそこまで来ている #3 南海トラフの足音 おじいちゃんの鮎釣り

今回は、メインテーマからちょっと外れて、おじいちゃんの釣りと想い出話に深入りしてしまったのですが、よろしければお付き合い下さい。


おじいちゃんの鮎釣り

なっちゃんとばあちゃんが、うわさしている頃、じいちゃんは知り合いの釣り仲間と二人で鮎釣りに来ていた。朝日がさして川面がまぶしく光り、心地よい水音が響いている。河原の駐車場に車を止めると、今まで見た事のない看板が目についた。

大きな文字で 
“津波は 川をさかのぼる”
と 書いてある。

「まさか、こんなとこまで来るんかいな?」
「どうなんやろ」
二人は、半信半疑だ。

「ま、とにかくなんかあったら、すぐ川から出る事にしよう」

二人は、そんな事より今年初めての鮎にワクワクしながら釣り仕度を始める。釣り始めたら、ずっと川の中にいるので仕度は入念だ。

水に入るタイツを履き、滑りにくい専用の靴をはく。ベストには、仕掛けやハリやドリンク剤を入れる。腰にベルトを付け、手網(タモ) をさす。仕掛けの時にオトリ鮎を入れたり、釣った鮎を取り込むための網だ。

最後に、車のキーをベストのポケットに大事にしまい帽子とサングラスをつけて、身仕度は完了した。

オトリの鮎を入れたオトリ缶( 鮎を生かして運ぶ容器)  と、オトリ缶から小分けした鮎や釣った鮎をいれる引き舟というケースと釣り竿を手に川に入る。

所々に大きな石のある流れの早い瀬に目星を付けると少し下流の緩やかな所に、オトリ缶を固定した。

オトリ缶から数匹のオトリ鮎を引き舟に移し替え、引き舟のヒモを腰のベルトにつなぐ。これで準備完了、後はひたすらオトリを泳がせるだけだ。
首輪を付けて犬を散歩させるみたいに、引き舟に入れた鮎を連れて川中を歩く。

鮎の友釣りは、普通の釣りとはちょっと違う。オトリ鮎を竿につけて泳がせ、ナワバリに侵入された鮎が攻撃してくるのを、針に引っかけて吊り上げる。やたらと、ケンカを売っているとロクな事にならない訳だ。長い竿にケンカ相手同士の2匹ぶら下がっているのだから、けっこう重たい。

膝の上まで流れに入っている強者もいるが、二人は、なるべく浅い場所に立ってオトリ鮎の竿を下ろす。足をとられて流されたら大変だ。

もし流されたら、竿を手放した方が助かると言われている。それでも、竿を握ったまま亡くなる人もいるそうだ。ばあちゃんが心配そうな顔をするのも無理はない。それでも、じいちゃんは、この水の匂いの中にピチピチ跳ねる鮎の手応えを感じると止められそうもない。
それに、忠明じいちゃんにとって、鮎には特別な想い出がある。

おじいちゃんの想い出

若い頃、仕事仲間と二人で山歩きに出かけた時の事だ。忠明青年は、沢で足を滑らせて捻挫し動けなくなってしまった。困り果てているところへ、年配の男性が上流からやって来た。釣り竿を担いで、獲れたばかりの鮎をぶら下げている。

二人の様子を見ると
「こりゃあ、ちょっと歩けんの〜」
と言って、川の上の林道まで、背負って担ぎあげてくれたのだ。

その男性には、こちらも釣り竿を担いだ若い娘の連れがいて、どうやら二人は親子のようだった。にこにこと愛嬌のある陽気な娘で、二人分の荷物を担いで恐縮しながら付いて来る友人と、何やら話し込んでいる。

林道でひと息入れた男性は、心配そうに
「兄ちゃんら、どっから来たんや バスで来たんか?」

忠明青年は、面目なさそうにボソボソと答える。
「よっしゃ、とにかく今夜はうちに泊まったらええ。2〜3日もしたら歩けるやろ」

親子の家は、そこからそう遠くはなかった。一行がドヤドヤとたどり着くと、
庭先のかまどに火を入れていた奥さんらしき人が、驚いて立ち上がる。

事情を聞くと、「清子〜 ちょっと来て」と奥に声をかけた。
「なに どうしたの?」
と、出てきたもうひとりの娘は、鮎釣りのお供をしていた陽気な娘の妹らしいが
こちらは、ちょっと はにかんで楚々とした少女のようだ。

奥さんは妹の方にテキパキと指示をして、奥の客間に布団を敷かせ、忠明青年に横になるようすすめた。谷川から引き込んでいる冷たい水で、捻挫した足首を冷やし、大きな湿布を貼って包帯で固定する。

その間に、少女は冷たい麦茶と、大きく切った真っ赤なスイカを運んできた。ちゃんとお手拭きも用意してある。

ハナレにいたおじいちゃんも心配して「確か、前におれが使うたのがあったはずや」と、裏の物置きから古びた松葉づえを引っ張り出して来るし、親切な一家のおかげで、あっという間に看護体制ができてしまったのだった。

翌日に友人は先に帰り、忠明青年はそれから3日ほど、この一家に世話になった。松葉杖をついて、庭先にすえた手作りのテーブルに案内され、ご馳走になった「鮎のぶっかけ素麺」がなんと美味しかった事か!

庭先のかまどは、川でとった鮎を焼くためのものだったのだ。
「このかまどやないと、この味は出んのじゃ」とハナレのじいちゃんが自慢する。

遠くの山ではヒグラシが鳴いていた。


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