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ひな祭り 海辺の一家8
風はまだ冷たいけれど
清ばあちゃんちの茶の間には、暖かいひざしが差し込んでいた。
奥の間には、千代紙で作った古びたおひなさまが飾ってある。
子供のころ、母さんが作ってくれたもので
ばあちゃんにとって、どんな豪華なお雛様より大切なものだ。
「こんにちは〜」
お隣りの玲子さんの声がした。
庭に咲いていたピンクの梅の小枝と 小ぶりなポットを抱えている。
「さぁ さぁ 上がって」
ばあちゃんは、台所で ちらし寿司の盛り付けに忙しい。
今日は ちょっと早いひな祭り。
なっちゃんと、三人で お昼ごはんを食べる事になっている。
その時、庭先で柴太郎の声がした。
「うぉん わぉん!」
「タロ 元気やった?」
にぎやかに、なっちゃんが到着した。
手土産は おひなさまケーキとひなあられ。
どこかで摘んできた菜の花が春らしい彩りを添える。
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あれこれとちゃぶ台に並べて、ささやかなお食事会になった。
ちらし寿司とお吸物の後で
玲子さんのポットから注いだ熱々の甘酒をすすりながら、ばあちゃんが笑う。
「じいちゃんに甘酒飲ましたら
(わしゃ澄んだのがいい) 言うて一升瓶 持ってきた事があってなぁ」
「あった あった」と なっちゃんが手をたたくと
「男の人に 甘酒はねぇ〜」と玲子さんも笑っている。
ひな祭りにオトコの出番はないらしい。
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ちょっぴり寂しい柴太郎は
土間の片隅で、お情けでもらった好物のさつまいもをかじりながら
じいちゃんの釣りの帰りを待っているのだった。