[980文字の物語】♯16『まあ兄ちゃん』 せつない、あるいはかなしい
#16 まあ兄ちゃん
まさかと思った。
デビューしたばかりなのにすごい人気のアイドルユニット「超SEI-SHUN」のマーキーが、あのまあ兄ちゃんだったなんて。本名、波多野政樹(はたのまさき)。これってまあ兄ちゃんの名前だし。歳だって私より2歳上の19歳。
でも見違えちゃった。背が高くなって、それにかっこよくなったね。
まあ兄ちゃんとは7年前に会ったのが最後だった。同じ団地のお隣に住んでいて、幼稚園も小学校も一緒。私が1年生になった時には毎日呼びに来てくれて、一緒に小学校へ行ってくれた。たしか2年生までは一緒に行ってくれていたと思う。まあ兄ちゃんが6年生の秋、大坂へ一家で引っ越していってしまったんだった。私、別れるのが悲しくて、お別れの時に泣いてしまった。そしたらまあ兄ちゃんが「また遊びに来るよ」って言ってくれた。私、あれは約束だと思って待っていた。でも、あれから二度と会えなかった。
びっくりだよ。アイドルになってたなんて。SNSで見たけど、中1から大阪の芸能スクールに通ってダンスや歌のレッスンしてたんだね。それじゃ、忙しくて会いに来れなかったわけだ。まあ兄ちゃん、子どもの頃からかっこよかったけど、アイドルになりたかったなんて知らなかった。
あの頃「チサのこといじめるやついたらぼくに言いなよ。ぼくがチサを守ってあげるから。チサはぼくの妹みたいなもんだからさ」ってまるで王子様みたいなこと言ってくれた。だから私、まあ兄ちゃんがずーっとチサのそばにいて守ってくれると思っていたのにな。いつかまあ兄ちゃんのお嫁さんになりたい、って思ってたんだよ。ほんとに。
「僕の恋人はファンの皆さんです」ってインタビューで答えてたでしょ。ファンの子たちは、そう言われるとうれしいのかな。本当は彼女とかいるのかな、まあ兄ちゃん。
あの頃、髪が短くて細身だったまあ兄ちゃんは、今はウェーブがかかったかっこいい髪型で、ちょっと茶髪で、マッチョで、ダンスも歌もすごくうまい。本当にスターって感じ。まあ兄ちゃんがなんだか遠い人になっちゃった。私のことなんかもう忘れちゃったんだろうな。でも、私は忘れないよ。ずっとずっと。
アイドルになったまあ兄ちゃんのこと、私、応援するよ。マーキーのファンになるんじゃないよ。私には、ずっとまあ兄ちゃんはまあ兄ちゃんだから。まあ兄ちゃんとして応援するからね。