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自我無常 副題:神経症の時代に抗う為に、第一回「神経のリハビリテーション」

-すべての幸福が遺書だった-


  現代は神経症の時代である、新聞、ラジオ、テレビ、インターネット等、どれを取ってもコンテンツと呼ばれるすべてが神経症と無縁ではいられない。神経症は人を不幸にして、不安を誘導する。我々、この時代に生きる人々は神経症を克服しなければならない、その術を書き記す事には一定の価値があると願っている。


 首の神経と顔面の神経とに差異がみられ、安定しない状態が一般によくみられる神経症である。神経症にはヨガや禅が有効であり、お経を読む事も体に良い、これらの有効な術を総括して「神経のリハビリテーション」と呼びたい。


 コンテンツにも「神経のリハビリテーション」に有効な作品が存在する、感動や新しい発見によって神経が癒やされるからである。


 神経症には首を痛めているケースと顔面性の神経症とが存在する。どちらも<感情>と<運動>に働きかける事で解消可能である。


 神経症に相対する言葉として「身体的果報」という言葉を取り上げたい。「身体的果報」とは身体自体が存在する事によって幸福を感じる状態の事である。「身体的果報」は歩く禅や坐禅をしているときに感じ易い。


 「神経のリハビリテーション」によって「果報」を感じる事によって神経症は治癒可能である。


 また死の恐怖の克服によっても治癒可能である。根幹に死を恐れているとなかなか神経症を克服することは難しく、むしろタナトス、死への欲望によって、死を克服する意思が神経症をも克服する神経回路に繋がる事が多岐にわたる。死とは一回性の<孤独>である。楽しいと死ぬのが恐ろしくなり、苦しいと死ぬのが救いとなり、中道だと生きていける。


 「神経のリハビリテーション」を通して美しく健康でいることが大切である。

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