89.教話雑感(7)-陽気ぐらしできない人が抱える問題-
◆教話「信仰とペシミズム」
雑感
親神様が望まれている陽気ぐらしと、人々がイメージし「 きっとこういうものなんだろうな」と捉えている陽気ぐらしとは、大きな隔たりがあるように感じている。
自分は陽気ぐらしをしている、実践していると錯覚している人ほど、今そういう状態におかれていない人のことを自らのフィルターでああだこうだと安易に決めつけ、レッテル張りをする傾向を感じている。人付き合いのあまり上手でない人、シャイで陰気な人、周りの雰囲気に馴染めない人等⋯ そんな種類の人を見つけると「陽気ぐらししなくちゃダメ だよ」と説教じみたことを言いたくなるような方が、お道あるあるというか、けっこう多いのではないだろうか?
天理教学研究の偉大な先達、諸井慶徳先生が著した「陽 気ぐらし論」(諸井慶徳著作集下巻)に出会った時、これまでにない大きな衝撃を受けた。“教理と照らし合わせた陽気”とは、感情の明るさのことを指しているのではなく、見えるもの・聞こえるものを感知する“銘々の心の内側の在り方”を表しているというのである。つまり、性格上は陰気、言葉数の少ない方であっても、心の持ち方次第で陽気ぐらしすることが可能だということだろう。
世界を画一化していくことを、神様は望んでなどおられない。それよりもむしろ、複雑多岐にわたり、様々なタイプの人間がごった返す中、制度による秩序ではなく、一人ひとりの懸命の努力によるそれをこそ、きっと心待ちにしておられる筈。何事もすんなりと吸収し、成人していくのも良いかもしれないが、そうではない、壁にぶつかってばかりの落第生でも、それはそれで人間らしいじゃないか。
余談
NHKの人気番組「プロフェッショナル仕事の流儀」。
過去の放送回で、世界一のバーテンダー・岸久氏が登場し、彼の語るバーマン哲学に心を打たれた記憶がある。
バーの激戦区・東京銀座で店を構える岸氏。世界最高峰のカクテルコンクールでの優勝経験もあり、彼のカクテル作りの腕前を学ぶため、日本国内にとどまらず、遠く海外からも店を訪れるバーマンは多い。
そんな有名バーテンダーである彼、実は元来シャイな性格であるため、客に気の利いた言葉やお世辞を言うことが出来ず、接客が昔から苦手だったという意外な一面がある。
客商売なのにうまく接客ができないと思い悩み、一時はこの業界から足を洗おうと迷っていたこともあったのだとか。
そんな葛藤を苦しみ抜いた末に彼が導き出した答えは、
というものだった。
今では、そういう岸氏の虚飾のない、正直な姿勢に惹かれやってくる客で、店はあふれているという。
人は、何を求めてバーを訪れるのか。
岸はこう語る。
私は岸久氏のそんな実践哲学に、天理教にも相通ずるものを感じている。
16000を超える教会(2016年当時)があり、人救けに関わっている数万・あるいは数十万のようぼくが存在している。皆、タイプや性格は様々。千人いればまさに千通り。
当然、口下手で無口な会長さんやようぼくさんもたくさんいる。
気の利いた会話の遣り取りができない。
鮮やかに教理が取り次げない。
きっとそんな人だってたくさんいる。
ならば、その人は会長の素質、ようぼくの素質はないのか?
いや、きっと違う。
真摯な姿勢、本心で事にあたっていく努力の積み重ねがあれば、その人にしか生み出せない会長道、ようぼく道が切り拓かれると信じたい。
道の通り方、神様との向き合い方にマニュアル通りか否かなんて問題じゃない。正解も、不正解もない。
そんな風に、今そう思っている。
【2016.11】
ここまで読んでいただきありがとうございました。
それでは、また(^^)