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勝ち続けることが幸福なのか?『資本主義卒業試験』が投げかける問い

はじめに


今回は、私の大好きな漫画家である山田玲司先生の新書『資本主義卒業試験』の紹介記事である。本書は、現代社会に根付いた資本主義の仕組みと、その限界を問い直す一冊だ。山田先生独自の視点で、資本主義が抱える課題と、その先の未来について鋭く切り込んでいる。


序章

『勝てばなんでも手に入る』そう思っていた主人公の漫画家山賀が、唐突に『全部。嘘だった』と言い切るところから物語は始まる。

全部嘘?とはどういう理由や経験からそこまで言い切っているのだろうか?

冒頭からの山田玲司節に、私はアトラクションを待つようにワクワクしていた。

大学の教室で、山賀と教授が話しながら、物語は進んでいく。教授は学生に対しての厳しい試験を出した。それが『資本主義卒業試験』。

行き詰った現代の資本主義社会は、どういう形で次の社会へと卒業できるのか?という問いを投げかける試験だ。

山賀は一時は成功した漫画家だが、段々と売れることに必死になり、税金やローンや生活費の支払いなどで、まるでお金の奴隷のようになっていることに気づいた。漫画家になる夢を叶えたのに奴隷になったと。

確かに世の中、お金を稼ぐために動いていることが多い。それが今の社会で生きるために必要なことだからだ。私が当たり前と思っていたことに、山田先生は疑問を投げかけてきた気がした。

物語は進み、赤星という女子大生と山賀は『ウサギの穴』に落ちていく。不思議の国のアリス的展開だ。

そこで資本主義卒業試験が提示される。

『この問題は、過去100年の間においてこの社会に起きたことをもとに、「資本主義の卒業」について論じることを求める試験である』と試験の前提が置かれる。

第1問:「何が起きているのか?

第一問からかなり大きなくくりで投げられた。 ここで私も考える。過去100年(出版日が2011年なので、1910年ぐらいから)と考えると、ちょうど大正時代ぐらいからになるか。日華事変、第二次世界大戦、戦後復興、高度経済成長期、オイルショック、バブル経済崩壊、就職氷河期などあたりが大きく浮かんでくるところか。頭に浮かんでくるのは、やはり経済関連のことがほとんど。

物語では日本には2つの危機が迫っていると言う。1つが「お金の国が力を増していること」もう一つが「環境問題」と。成長主義をを見直す『スロウ派』と成長を望む『グロウ派』と分けている。これをエコ国とエゴ国であると。

そんな言葉が出てきたとき、エコ国からきた鈴木という男が突然現れる。鈴木は、彼女がいわゆる“意識高い系オーガニック派”になってしまい、会社を辞めて田舎暮らしをしていたが、ゲームも買えない状況にうんざりしてしまっているよう。

そんな鈴木の吐露が終わったところで。エゴ国から黒沢という男も突然現れる。黒沢は奴隷人間と奴隷を使う人間の2種類しかいないと言う。奴隷にされる人間は資本主義では、自分で思い込んでる正しさは誰かの利益誘導だと気づかずに思い込まされている人のことであると。黒沢は1つのおにぎりを身内だけで分け合うか、外の見ず知らずの子供に与えるかを問い、戦争の原因は、資源の奪い合いだと言う。欲望のままに行動したら、世界は殺戮の嵐だ。欲を満たすためには、資源が入る。だから、他の人を省みずに儲かる商売をしてきた。そんなことをしてきた黒沢は、息子をちゃんと見ることができなくなってきた。

黒沢が子供に高級ステーキ屋につれていき、とてもいい肉を食べさせたときに「お父さんは幸せなの?」と言われた。それに対して、黒沢はいろいろな人を騙しながら稼いできたことに対して、どこかで限界が来ていることを子供にバレたと思った。

そんな社会から卒業したい思いを持っている。 ここまで整理すると、経済や自分を優先にした結果、他者を無視しながら、本当に大事な自分の心や利他の精神を進めてきた100年ではないか?ということである。

第2問:「資本主義は何をしんじていたのか?」


そこでまた新たに金髪の男が現れる。ラピスと名乗るその男に言われるがまま、一行はいつの間にかジャングルになった世界を進んでいく。

ラピスの案内で着いたところは資本主義ランド。

一行は空飛ぶ車に乗りながら、資本主義ランドを回っている。そこには貧民街、高級住宅街、ショッピングモール、タワーなどギラギラと輝いているのが見える。

資本主義ランドで流れている歌は『いつまでも一緒~。いつまでも変わらない~』。

それに対して黒沢が「諸行無常に逆らっている」とここで一つ対立の概念が出てくる。

一行の前に現れたお姫様。お姫様は言う。「夢をあきらめたらおしまいよ。」「欲望ではなく、本当の気持ちを大切にしていく。夢を叶えたら、もっていいものを追っていく。夢を追いかけていくと、必ず『飽き』がきて、『不満』が出てくるから、永遠に満たされない。」

そういってずっと追いかけ続けるお姫様に、一行は驚きを持つ。

次に出てくるのが必ず勝つヒーロー「ビクトリス」。少年漫画の主人公のテンプレートのような存在。勝つことが約束された存在。負ける側の情報は、気分よく勝てないから入れない。そんな存在がある。ヒーローとお姫様が寄り添い合っている。

絶対に負けないヒーローが姫の欲望を叶え続ける世界。

『勝ち続ける』ための『成長』こそが、昨日より成長することですべての欲望を満たせるというのが資本主義ランドであり、資本主義が信じてきたものである。

金髪の男・ラピスの案内で、一行は「資本主義ランド」へ。そこには貧民街、高級住宅街、ショッピングモール、タワーが立ち並び、資本主義の繁栄が視覚的に表現されている。

ここで「夢を追い続けるお姫様」と「絶対に負けないヒーロー・ビクトリス」が登場する。彼らは資本主義の価値観を象徴し、「成長こそがすべて」「勝つことこそが正義」という考え方を体現している

第3問「資本主義で満たされるものは何か?」

一行は再びラピスの車で移動する。その先に、この世界に絶大な影響を与えているラスボス的な老人のもとへ行く。

老人は自分が成り上がってきた過程を語る。結果を出し続けてきたからこそ今があるのだと。老人が語る真理。それは「私たちは動物である」ということ。

それは生存競争。弱肉強食の世界。勝ったものが遺伝子を残していく世界。これが生き物のもつ本来の習性であり、この世界は『勝ったものの世界』だから資本主義なのであると。そうしてお金を稼ぎ、働かなくても幸福に生きられる人間になったことで、資本主義を『卒業』できたと語る。

そうした老人の話を聞いて、山賀は資本主義で満たされることとは『動物的欲望と虚栄心』ということを考えていた。

老人は山賀たちを仲間にならないかと誘う。

だが山賀たちはそれを拒む。なぜなら、それは欲望と虚栄心の結果であり、自分たちはそうでなくとも満足はできると言い切る。

その時、ラピスの顔が変わり、山賀の幼いころの親友・洋一の顔に変わる。

洋一は老人に「成長を続けるには、地球そのものが巨大化し続けないと不可能だ」と指摘する。

そして「勝つものが生まれれば、同時にたくさんの負ける者が生まれる。その人たちは、あなたたちと同じ価値観で生きているわけではない。そして起きないと思っていても、天災は必ず起きるということ」

そう話すと、洋一は山賀へメッセージを残して消えていく。

第4問「何を失ってはいけないか?」

そして場面転換。山賀は沈んでいくタイタニックの上にいた。目の前に現れたのは、山賀の漫画に出てくるキャラクター「ニャンコ博士」。

ニャンコ博士は3つの穴が開いていて、沈んでいくと教えてくれる。それが失ってはいけないものであると。

山賀は探す。そこで会議をしている様子を見る。

会議では、「利益を上げるために、誰かを不幸にしていく」ということを話し合われている。利益を増やし続けるという原則は、人の体を壊すことにつながっている。

自分も儲けるために、仕事をし続けていた。そこで気づく。失ってはいけないものの1つは、「からだ」である。

経済成長として、あらゆる毒物を人は作ってきた。体を作る食べ物や水や空気は「自然環境」がつくるもの。それを止めない限り、人は「全力で自殺へ向かっていく」ことになる。

それをどうすればいいかわからなくなった山賀は「教えてくれる師が欲しい」と願う。

場面転換。

山賀は古い学校の廊下に立っていた。

目の前のニャンコ博士から教室に入るよう促される。

そこで山賀が目にしたのは、山賀が過去に担任の先生と親と話し合う「進路相談」の日だった。過去の山賀は親が来ないで、先生と二人で向き合って、何も言えなかったことを思い出した。

先生と進路を話し合う。「将来は漫画家になりたい」「現実的に・・・お父さんは?」「だんご屋をしている。だめなのか?」「社会的にちょっと・・・」「お金を稼げないことは意味ないか?」「そういうわけでは・・・学歴がないと・・・」「学歴ある人がたくさん自殺している。勝てば必ず負ける人が出るのに、それでも『勝て』って自分の子供に言えるか?」

いつの間にか後ろに立っていた黒沢が言う。「功利主義の世界では、『儲けるやつ=偉いやつ』。世界には先生なんかいない。稼げないことしか言わないような『まともな先生』はいなくなった」

そして2つ目の失ってはいけないもの『本当の先生』

古くからの教えを後世に伝える貴重な存在。お金よりも大切なものを伝えていく先人。人生とは何かを教えてくれる師。そんな存在を学校は「金にならないものはいらない」といって切り捨ててきた。

場面転換。

山賀たちはラピスと乗ってきた車にニャンコ博士と乗っている。ニャンコ博士は見栄とか執着心を捨てろという。山賀たちはいつの間にか抱えていた鞄を見て、それを捨てていく。

目の前に雲に乗っている長老に出会う。長老は「奪う快楽は必ず虚しくなる。与える快楽は広がる」「本当の成長とは、何もなくても笑えるような人間に近づけること」と語る。

そう言うと、山賀の父の会話が始まる。父は自分を見失っていたことを後悔している。そして「自分を感じろ、自分を肯定するんだ」と言ってくれる。

つまり失ってはいけないもの3つ目が『自分』である。

そうして失ったものを見つけた山賀たちはそれぞれの世界へ変えていき、資本主義の卒業をしていくのであった。

所感・考察

出版されたのが10年以上前なので、多少現在の価値観とずれているところはあるが、私自身は資本主義を前提に考えていたので、今回のアプローチは非常に興味深かった。

山田先生は、本質的に非常に優しくて、性善説を信じたい人だ。しかし、それ故に現実で起きている矛盾に対して、一石を投じたかったのではないかと推察している。

だからこそ、大事にすべきは何かを徹底的に自分の中で考えた結果、「からだ」「本当の先生」「自分」であることに思い至ったのだろう。

この中で私が一番刺さったのが「本当の先生」だ。

なぜなら、「本当の先生」というものに出会ったという感覚がないのだ。

影響を与えてくれた人や恩人はたくさんいるし、とても感謝している。それらの出会いを通して、私の足りないことを教えていただいたり、たくさん助けていたただいたりもした。

ただ、それが人生を教えてくれる師という意味で「本当の先生」であったかは、正直、私の中では繋がっていない。

「本当の先生」に出会うためにできること、もしくは出会えないなら、私も誰かの「本当の先生」になるために、その人の存在から肯定し、何が本当に価値があるものかを伝えられる人に『成長』していきたいと強く思った。


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