大人の素敵な女性
ある女性のお客さんの話。
その人は、うちの店に、たまにふらりと一人でやって来る。
私より年上と思われ、容姿と雰囲気が綺麗な人だなぁ、という印象。
その日もその人は、一人でやってきた。
そして帽子のブースに行って、一つ帽子を持って出てきた。
他の売り場を見ながら、また鏡に向かって帽子を被り、迷ってる様子。
その帽子の在庫がもう一つあったのを思い出し、出してきて声を掛けた。
「こちらのお帽子、手作りなので一つ一つ顔周りのつばの形が微妙に違うんです。良かったらお鏡に合わせて試してみて下さい。」と、帽子を渡した。
彼女は渡した方を被り「あら、本当。」と言った。私は、他にもごゆっくりご覧下さい、と伝え、その場を離れた。
接客は、肝心な事だけ言ったら、すぐお客さんを自由にしてあげるのが私のやり方。
自分が客として行った店で、そこの売り子にしつこい接客されると、すっごい嫌だから。
そーゆーのお探しなんですかー?
そーゆーの好きなんですかー?
今日入ってきたばかりなんですよー。
こっちの色もありますよー。
……トンチンカンな接客にうんざりする。たまたま手に取ってみただけだよ!いつ入荷とか関係ないし!黒見てんのにピンク勧めるってどーゆー感性?接客するなら、見ている商品の着こなし例を提案するとかしろよ。
自分が接客長いからか、人のやり方にイラッとしてしまう。職業病か?
でも、マジで、答えに困ること言うのやめて。そんで、そんな張り付いてなくても、万引きなんてしねーから!
こんなだから、気になった商品があっても、売り子の意味の無いべシャリを聞いたり、声掛け後もずーっと横にいられたりすると「あー不愉快。買うのやーめた。」って出てくることもしょっちゅうだ。
話を戻そう。
お客さんから離れた私は、(帽子は、つばの部分によって顔に合う合わないがあるから、結構難しいんだよな。丸顔の人は結構何でも似合うからいーよなー。)とか思いつつ、ファッション関係ではないブースで商品整理をしていた。
するとさっきの帽子のお客さんが、買い物を済ませて、出口から遠い私のところへ来た。エコバックの中に、さっきの帽子が入っているのが見えた。
彼女は私の目を見て、小声で一言「ありがとう。」と言って、ひらりと出口の方へ向かい、風のように帰って行った。
私は、当然の事をしただけなのに、わざわざ言いに来てくれたことや、ささやくような小声のありがとうに、何だかホワワンとした気持ちになったし、とってもドキドキした。
「ありがとねっ!」とは言ってくれる人もいて、こっちも「どうもっ!ありがとうございましたー!」とポンポーンと返せるのだが、今回は、そのささやきにぽーっとしてしまって、あ、はい、としか返せなかった。
なんて素敵なんだ!
あー、たった一言で心を持ってかれた。
普通のお礼の言葉だけど、言い方で全然変わるんだな。
売り子その一でしかない私にお礼してくれるなんて、嬉しい。
彼女が「綺麗な人」から「美しい人」へと、私の中で変更した日であった。
しかし。
美しい人って、本当になかなかいないよ。