貧乏7つの悪習慣を断て!〜その②〜
リーディングマスター・まさみちです。言葉や心の関連性や繋がりを読み解いている心理カウンセラーしています。
ループする抜け出せない感を持っている方の相談を承っています。
貧乏になる教育を続ける日本の7つの悪習慣
①嘘と憶測で実態に基づかないことを教える文化
②人前で失敗したら「終わり」と恐怖を与え続ける文化
③世の中にはみんなの多数意見が正しく、個人の意見は無視する文化
④人のせいにしてはならないと教えながら、先生や親が生徒や子のせいにしてくる文化
⑤前言を撤回させないように追い詰める文化
⑥証拠に基づくことばかり追求されてしまい、認知が出来なくなるメカニズム(教えの矛盾に出会うと思考停止になること)を最初から教えてくれない文化
⑦「心」と「わたし」は別ものであることを教えようとしない文化
この悪習慣からどう脱したらいいかを解説したい。
②人前で失敗したら「終わり」と恐怖を与え続ける文化
集団で活動する場合、みんなに迷惑をかけられない為に過度の緊張があるものです。上に行けば行くほど競争が激しく、品質や精度の高さが問われるようになるためギチギチのストレスを感じるようになり「失敗は許されない」感覚が強く働きます。
言い訳の構造を教えない
日本の貧乏教育について、思考する場合に「自問自答して深く考察する」ということの大切さを教えるものです。
しかし、この「自問自答」が他者との相談を断ちきり、相談していても「価値観を即刻その場で切り替える」ことをしない限り相談の価値は半減することも知らないままでは豊かさヘの変革へと繋がりません。
「自問自答しなさい」が言い訳の道だとは教わらないものです。
自問自答していく自己との対話も、質が高まればよいですが質が低いなら、他人にしつこく聴いて周り、その分量の多さの方が自問自答するより豊かさに直結するものだったりします。
程度の低い人は低い者同士繋がる類友の残念な法則
貧困の教育について話している訳ですから、貧しい価値観の人は貧しい価値観の人と繋がりやすいものです。
類友の法則で知られていないのは、豊かな人は貧しい人に知恵を授けたいと両手を広げているけれども、貧しい人はその手を受け取ろうとしない問題点がある。
日本の悪いところは銭ゲバ(金のためなら何でもする)という言葉の一人歩きから、金儲けしている人はこぞって叩く風潮があり、「よく知りもせずに批判する」風習があります。
これはよく調べもせず、当人に確認せずその人以外に聞いて自分と同調する意見を集めて自分の価値観は多数意見だと錯覚する問題となります。
本人に聞けば済むことを、本人以外に聞くので問題が大きくなり憶測だけで行動することとなり、妄想の一人歩きは貧困への道まっしぐらです。
また、「ネガティヴな声かけ」は、放った自分の言霊通りの現象化を我が身に引き起こさせますので常にポジティヴな声かけを心がけることです。
発想が貧弱だから貧しくなる
何かに挑戦するとき「失敗するな」とか「成功しますように」とか、その祈願する思いの違和感に気づけるかどうかが貧困教育からの脱却に至るものです。
↑この文章が読めなかった人もいるかも知れません。
本など読んでいても流し読みで頭に入ってなくても「読んだ事実」が得られればいいとする人は「読んだ」ことだけで「内容」や自身の認識の「変化」については気に留めないことがあります。
問題の本質は何かを問う力が養われていない
とはいえ、「人前での失敗の恐怖」を払拭するには繰り返しの訓練などに陥りがちですが、「失敗の恐怖」とは何か? をよくよく考えていないことが貧困教育そのものであったりする。
競争社会であり、順位付け社会である為にランキングで1位にならなけば着目されない残酷な世界でもあります。
豊かに生きることを前提に教育を見直すならば、ストレスを抱かないことと人を喜ばすことは対になるものだと気づける筈です。
人を喜ばせているのにストレスが溜まるなら、それは本質ではないものです。
そして「ストレス」とは何か? について言及しなければなりません。
どんなメカニズムで発生するものかも考えていなければストレスに押し潰されて貧困教育に絡め取られてしまいます。
ポジティヴに考えポジティヴな選択をしポジティヴのまま記憶する
マイナス発想になるネガティヴマインドは「するな」と言われても浮かんでしまうものです。
本来不要な「雑念」などが浮かび上がるのは「意味がある」と考えるものですが、多くの場合「意味を見出す知恵」を授かっていないため答えを見出せません。
ネガティヴマインドはしないに越したことはないものの、それよりもポジティヴに切り替えている方が建設的で有意義です。
ネガティヴマインドを解き明かそうとしても、多様な知恵など有していないと価値観を改めるまでに至りません。
出来ない事に取り組むより、出来ることに専念することを肯定する社会であるならよいのですが、日本人はマルチに何でもできるようになるように仕向けられているところがある為苦しみます。
器用貧乏に陥りがちなのです。
苦手を克服する事ばかりに意識を向けてしまう民族です。
とっとと、得意な人と繋がり外注して協力体制を取ることや、得意で安価にコミュニケーション出来る人と繋がれば苦手は克服出来ることを教えたがらない社会でもあります。
罪悪感をマインドコントロールで使う文化
「失敗は恥」という価値観は、苦手なものを他人に金を払ってやってもらうことを「逃げ」とか「悪いこと」のような風潮があります。
そもそも他人にお金を払って委託することや、学ぶ為に投資するメカニズムを習っていないと、何でも一人でこなせても一芸に特化している人よりは劣ってしまうため「特別感」は持たせられません。
器用だと一人で出来てしまう為、人を頼りません。
不器用で一芸しか出来ないと、頭を下げて人に頼るしか道は残されていないので失敗云々言ってられずに頼っていくしかありません。
そうした不器用で一芸に特化し、コミュニケーションが持てる人はその繋がりから豊かさが得られるようになります。
一つの事に特化するという価値観に縛られている人も貧困教育に陥ります。
手が空くことがあるなら趣味の世界から仕事のレベルまで引き上げてもいいものです。
何かを提供するか、何かを右から左へ動かすなど「他人の苦手を代わりにやる」ことが仕事なので器用で何でも出来る人は本当に要らない世界なのです。もちろん多芸で何でもこなせる人はいますし、それで貧乏になるどころかもっと豊かになる人もいます。
才能ある人はどこに行っても結果を出し、収益化出来てしまうものです。
日本の「失敗をさらすな文化」から来る貧しい教育の払拭の仕方を考えなければなりません。
選択肢のない選択
「人生は選択の連続」という貧しくなる教育があります。
「面白いか?」「面白くないか?」という選択肢を例題に挙げる人がいますが、「面白いことしかしない」の一択だとは教えません。
豊かな人は「一択」なのです。
これが見えない人は「豊かさ」を自分で拒絶している無意識の中に埋没しています。
そんな方は私のセッションを受けた方がいいです。
様々な因果に呑まれて「真実を見失っている」度合いが顕著です。
結果が出ないことを教育の問題と改められない文化
本人の資質や捉え方などの知能の問題にするのは解ります。
しかし、リーディングによって深い読解力を養ってしまうと、問題は賢い人が賢くない人に対するアプローチを諦めていることがそもそもの真因ではないかと思うのです。
結果も大事ですし、過程も大事です。
どれも大事なのですがリーディング心理学は原因以前の「真因」を探るものです。
この真因を紐解けて改善出来るなら「授業など聞きやすくなる」ものですし、誤解もぐっと減ります。何しろ先生が生徒の因果が読み解けるのですから、本人に合わない教育方法など与えないものです。
豊かな家庭は家庭教師など雇ってマッチングしている家庭教師と子どもがセットになって習熟度合いを高めていくものですが、貧しい家庭はそれが出来ません。
富める者が豊かになり、貧しい者が困難に陥る世界なのです。
教育を受けられれば改善が見込めるものの、そもそも貧しい者が率先して勉強したいか? というとそうでもない現実が隠れています。
結果を出す人は教育の問題ではなくその人の転生で積み重ねた学びの資質
これを書くと身も蓋もなくなります(変われる人だけが変わり、変わらない人は変わらないから)。
教育の仕方で人生は変わると教えるのはその通りなのでそれでよいのですが、逆境など計算できない状況に対応するのは修羅場をくぐっている人かどうかで落ち着き方も変わります。
知識をどれだけ与えても緊急事態など陥ると、想定外である為様々な問題が一度に噴出してしまい首が回らなくなることが起きます。
現実を生きるには、生の声をどれだけ集められるのか? そもそも人が好きだとか、好意的にしか物事が見られないなど持っているものが違うのです。
その人の資質を改革できるのがアマテラス・リーディング心理学講座です。
リーディング心理学は認識の潜在無意識まで書き換える力を有しているのです。
人の資質は変わるようで変わらない部分が多く、変わっているなら争いなど無くせている筈です。そう至らないのは最初から変化を望まない性質を持つ人が多く、それが貧困教育に繋がり、全体で貧しくなる道を歩んでいるからです。
ループする貧困教育カルマを軽視し過ぎ
ループしている生き方など、無自覚であるし科学的根拠も示しようがない為に「本人の意志力の足らなさ」と、当の本人の問題で終わる世界があります。
ビジネスや「お金の稼ぎ方」を習っても「言われた事をやらない」ことを問題視する講師などいます。
実際に丁寧に裏の仕組みをつぶさに教えてやらせても、本人が出来なくなってしまうのを講師は「やらない」と行動する大切さを解きながら、行動出来ない人の心理までは紐解こうとはしないのです。
結局、諦めて挫折した生徒の方に問題があることになり講師など先輩たちや大人たちに非がない形で見える証拠の世界はあるのです。
手を広げている講師は「諦めていない」に対して、その場から「逃げ出した」のは生徒たちや子どもたちであることを「諦めないで」といくら呼びかけても動けなくなる人の心理までは解明されないのです。
そもそも否定する概念がある限りカルマのループは形成されるのです。
「失敗するリスク」について「失敗が怖い」という感覚を植え付ける教育が改まらない問題があるのです。
「失敗は怖くない」に至れると、ループから抜け出していけますが、何しろループです。そんじゃそこらの意思でどうにかなるならカルマなんて言わないものです。どうにも成らなくなるからカルマであり、象の力より強い力で強制的に引っ張られる働きがあるので、精神統一程度の意志力では治らないのです。
合格(成功者)と不合格(失敗者)がどこまでも続く世界
貧困教育の最たるものは合格しないといけない当然の優劣社会構造にある。
特に幼児や青年期においての競争を植え付ける教育は最悪なものである。
強烈に優劣を学ばされ、順位付けされ、世界は不平等であり戦わなければ負けるだけという価値観が根底に焼き付けられる。
こうなると「失敗したら終わり」というネガティヴマインドが形成される。
すでにこれでカルマが形成されている。
普通に抜け出せる様なレベルのものではない。
専門家に頼るしかないようなものだ。
引きこもりや学習障害に繋がり、最初から諦める心で生きるようにする為「興味ない」「別にそんなにガツガツ収入について努力したいと思わない」と、本当は豊かになりたいと思っていても、それにまつわる努力は出来そうにないから「関心がない」ように扱っている姿がある。
我が子のやる気が感じられないなら、親である自身が親子で連なる貧困教育のカルマと向き合い、外したらいい。
カルマを外せる人に頼ることだ。
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貧困教育からの脱却に繋がる意識改革の波長音源が含まれています。
オススメは「名前」入れの方です。
この金額で提供するには限りがあります。
貧困からの脱却は、チャンスは常に一度しかなく一期一会にどれだけ真剣に取り組めるかを持っているかです。
どれだけ抵抗が出たとしても「恐怖に飛び込む勇気」をもって行動に移して未来の自分を創造する為に対価としての投資をする人に「豊かさ」がもたらされます。
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