書評:『物語ることの反撃 パレスチナ・ガザ作品集』:戦車の轟、火薬の匂い
『物語ることの反撃 パレスチナ・ガザ作品集』(リフアト・アルアライール編、藤井光訳、岡真理監修・解説、河出房新書、2024)
“夜は静かだった。(中略)彼の一家が1948年から暮らしている混み合った難民キャンプの平穏を引き裂いていき、戦車が進んでいく耳慣れた音が夜の静けさに押し入って、二度と眠れないのだと宣告してきた。”(p.124,“オマル・X”,ユーセフ・アルジャマール)
“でも、それは雄牛ではなかった。人間の死体だった。私を家に引き戻したのは、またしても戦争だった。(p.204,“傷痕”,アーヤ・ラバフ)
戦争は、非日常であってほしい。しかしこの短編集の著者、編者にとってそうではない。“オマル・X”に登場する主人公にとって戦車の音は耳なじみの音であり、“傷痕”の主人公は取り乱す様子もなく、目の前に転がる人間の死体を受け止めている。
本書の編集者であるリフアト・アルアライール氏は、語ることで戦争に対する反撃を試みる、“私たちは数字ではない/We are not numbers”というプログラムを主宰している。毎日犠牲者数が数字で伝えられるガザ戦争に対する、強烈なメッセージである。
この本の著者は、そんなアルアライール氏に惹きつけられ、彼のもとで英文学と創作を学んだ生徒たちだ。全員がガザ地区生まれでイスラエルとの戦争を経験している。各作品の元になっているのはいうまでもなく著者の体験であり、聞いたこともない洗車の轟や火薬のにおいが、頁をくるごとに漂ってきて、その意味ではリフアト・アルアライール氏の試みは成功している。
改めてこの非対称戦争の理不尽さを憎み、そして著者の叫びを受け止めることぐらいしかできない自分に、とてももどかしい思いを感じさせられた。
実はリフアト・アルアライール氏は、2023年10月に勃発したガザ戦争のさなか、イスラエル軍の攻撃によって殺されてしまった。ペンを武器にして戦うリフアト・アルアライール氏は、イスラエルにとって邪魔な存在だったのであろう。