戦国時代に果たせなかった国際化の夢

戦国時代から江戸時代にかけて、日本には国際化の波がいっとき訪れたが、急速にしぼんでしまった。

鉄砲の輸入など、早くから舶来物に目をつけた信長。日本史上はじめて、本格的な海外への領土拡大を企図した秀吉。この流れがうまく続いていれば、日本の歴史も大きく変わったのかもしれない。

その辺りの人間模様と社会情勢についてウィットに富んだ考察がされているのが、「歴史のなかの邂逅(2)」(司馬遼太郎著)だ。

自宅の本棚を整理していて、司馬遼太郎さんが書かれた「歴史のなかの邂逅」という本を見つけた。随分前に読んでいて、そういえばまだシリーズの1巻目しか読んでいなかったのだと思い、2巻目が読みたくなって読んでみたのが、本書を手に取ったきっかけだった。

戦国期から江戸にかけて、日本の権力の中枢を握る人達は、武士的な考えを持った人から、商人的な考えを持った人に移行していく。その過程の中で、利休などの茶人との交流や、海外交易を行う中でのキリスト教との接触など、文化面や思想面でも大きな変化が起きていく。

この中で、信長や秀吉といったリーダーの言動が大きな影響を持ったのは間違いないが、より重要と思われるのが、この二人を支えた人達なのだろう。

信長の場合には秀吉はじめ、脇を支える有能な部下がいた。

秀吉にも多くの有能な部下がいたはずだが、最終的にはその能力を時代に上手く合わせることができなかったということなのだろうか。

特に本書の中で気になったのは、「小西行長」の存在。薬屋の出身でありながら、立身出世し、秀吉の元で財務大臣的な大名に収まる。

元々、秀吉はあまり血を流さずに勝利を収めるという戦い方をする人のようだったので、その路線のまま、小西のような人材が上手く活躍できる場が作られていれば、豊臣政権の在り方も、もう少し変わったのかもしれない。

リーダーと名脇役の関係性は、時代を超えて、場所を越えて共通のテーマだろう。

果たして今の日本企業は、そして我が社は、信長型だろうか。あるいは秀吉型か。よもや家康型ではあるまいと思いたいが。


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