【創作】ゆび
湯気が沸くカップがテーブルに1つ。
その横をゆらゆらと彷徨う左手は、持ち手を見つけられずカップの胴体を鷲掴んだ。
「飲み物を飲むときくらい本から目を話せばいいのに」
何かに熱中している時は周りを気に留めない彼のことだ。私のこの呟きも聞こえていないだろう。
左手はカップを掴んだまま、右手で器用に本のページをめくる。横着だとも言える仕草でさえ、彼の細く長い指が行えば妖艶に見えるから不思議だ。
特段、彼の指が綺麗なわけではない。人差し指はささくれだっているし、爪だって深爪気味。よく見れば不自然に曲がっていたりする。
それでも私にとっては愛おしく、つい、うっかり動きを目で追ってしまうほど魅力的だった。
ゆっくりと口元に近づいたそれを傾ける。
カップに沿った他の指に抗うように、ピンと立てられた小指を見て私の広角が上がる。ずいぶん主張が激しい指だこと。
「熱っ……あれ?コーヒーじゃない」
ぴくりと手元が跳ねたかと思うと、彼はやっと本から目を離した。
「私、コーヒーきれてたから紅茶でいいか聞いたよ。おーって返事したじゃない。生返事だったけど」
「そうだった?」
「また人の話聞いてなかったでしょう」
えー、なんて言いながら彼は私の目を見つめる。かと思うと何かに気がついた顔をし、へにゃあと柔らかく微笑んだ。
「君の声があまりにもスッと頭の中に入ってくるから小説のセリフかと思った」
何を馬鹿なことを。そのセリフのほうがよっぽど本に出てきそうよ。
私はいつもの事だからと言葉を飲み、代わりにため息をついた。
「コーヒーがいいなら自販機で買ってくるよ。他にも何かほしいならコンビニ行ってくる」
そうは言いつつも正直外へは出たくなかった。
今日は嵐になる予報で、空は既に分厚い雲で覆われているのだ。
「んーん。今日は2人でゆっくり過ごす日だから外に出ちゃ駄目だよ」
半分まで中身を減らしたカップはカタリと音を立てテーブルに置かれる。空いた左手は本の元へ向かい定位置に収まった。
ぱち。
ぱちぱち。
雨粒が窓を叩き嵐の始まりを告げる。
カサッ。
彼の指がまたページをめくる。
雨の続く6月。
本に夢中な彼。
することもなくスマホを触る私。
少しは構ってよと不服に思うこともあるが、彼と過ごす穏やかな日常がどうしたって嫌いになれないのだ。
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