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札幌フィジカルミステリーツアー。待って待って待ったものだけが得られる境地。

 大分から戻ったその足で札幌に向かう。

 夏から秋へと変わるこの季節に南から北へ移動するのは、旅慣れたはずの僕でも一か八かの賭け勝負。半袖プラス少し厚めの上着を羽織ればじゅうぶんだろうと踏んだのだが、結果、厚めの長袖インの、風除け長袖オンだったなと札幌に着くなり思う。こういう時に役立つウール100%のTシャツを、コットンTの下にもう一枚着込み、なんとか乗り切る。

 今回札幌に入ったのは、新著出版ツアーの一つとして、札幌にある「Seesaw Books(シーソーブックス)」という本屋さんでお喋りをさせてもらうからだ。「Seesaw Books」を経営するじんさんは、「UNTAPPED HOSTEL」というゲストハウスを運営するほか、コロナ禍を機に生活困窮者を受け入れるシェルター事業をはじめるなど、自らの窮地から街の課題を想像し、転がりながら編集実践し続けている人で、それはまさに一か八かの賭け勝負。しかも今回の僕の服装じゃないけれど、微妙に失敗して、微妙に調整して、なんとかやりきってることに、勝手にシンパシーを感じていた。

 「Seesaw Books」の名前は、遊具のシーソーが由来だそうだ。神さんのインタビューが掲載された「ジモコロ」記事で、彼はこんな風に話している。

「シーソーの語源には諸説あるんだけど、『see(見る)』と『saw(見た)』を組み合わせた言葉で、上下運動で視界が入れ替わるって意味が込められてるらしいんだよね。だから、いろんな本や人と出会って、ここに来る前と後で視界が変わるような場所になったらいいなと思って」

「本屋も福祉もトントンでGO !!」札幌の文化を守るギリギリおじさん物語 2022.11.10 ジモコロ

 なるほど。素敵。だけどそれ以前にきっとそれはシーソーゲーム。社会と自分が平衡を取れる時期なんてきっと僅かだけれど、常にその瞬間を目指して、バランスを取りながらときに跳ね上がったり、ショックから身を守ったりして生きてるに違いない。「Seesaw Books」、どちらにしろ、神さんらしくていい名前だ。

 今回のイベントを組んでくれたのは、北海道の東側、道東のボス、中西拓郎。7年前に札幌で開催したトークイベントに来てくれたのが彼との出会いだけど、彼の存在をしっかり認識したのはその2年後の2018年、「道東大作戦」というイベントに僕を呼んでくれたのがきっかけだった。

 「ジモコロ」編集長だった徳谷柿次郎、発酵デザイナーの小倉ヒラク、当時「オールユアーズ」というアパレルブランドの代表だった木村まさし、校閲のプロで「かもめブックス」という書店も営む柳下恭平。これ以上ないくらい濃ゆいメンバーのなか、最年長の僕はなんだかおじいちゃんのような気持ちで当時の拓郎を見ていた。

 30代半ばの血気盛んな友人たちが、ギリ20代だった拓郎を詰めまくっていた夜。「お前はもっと神輿に担がれる覚悟を持て」「お前がリーダーなんだからなにもかも自分でやってんじゃねえ」と正論たたみかけるおじさんたちを前に、40代半ばだった僕は、「まあまあそれくらいにしてやりなよ」と、やさしく接したつもりなんだけど、拓郎に聞けば、下の者を抑える親分のように見えてたらしいから、うまくいかねえ。

 その後、あの夜のおかげか、見事、神輿の上で見栄を切り続けた拓郎は、いまや道東を超えて全道のスター。広い北海道をかけ回って、頼られるままにあらゆる人や組織をつないでいる。あらためて、北海道の友人たちの強さはこのフィジカルな体験の延長にあるなと思う。ヘタすれば往復10時間くらいかかる、一見、無意味なシャトルランの果てに確かに在るものを知る人間だからこそ、わかりあえるものがあって、そういう人としか友達になれない性質の僕は、いくつも後輩だけど、拓郎を大事な友人だと思っている。

 新千歳空港に到着したのが夕方だったので、19時開演のイベントの15分前ギリギリに会場入り。そもそも打ち合わせぎらいな僕はいいとして、調整役の拓郎はなんだか不安そうで申し訳なかったけれど、それでもやっぱり、会は楽しく進行した。それもこれも、一緒に登壇した佐々木信くんのおかげかもしれない。信くんは同い年の友人で、付き合いはかれこれ20年近いんじゃないだろうか。札幌を拠点に、3KGという屋号で上質なデザインを生み続けるデザイナーで、D&DEPARTMENT札幌の運営もやっている。ちょい汗かきすぎだろと思う拓郎の対極で、どっしり構える信くんの安心感が心地よく、それに甘えて僕はずいぶん気持ちよさそうに喋っていたに違いない。

 冒頭の神さんとの出会いも嬉しく、イベント中の写真を撮ってくれていた、北海道の左上、遠別町に暮らす友人、はらちゃんなど、懐かしい面々にも会えたりして、打ち上げまでずっと楽しかった。ありがたい夜。

 打ち上げを終えて、信くんが車でホテルまで送ってくれた。ほんの十数分ほどのドライブだったけれど、彼の運転で夜中の札幌を走りながら、さまざまを思い出す時間が心地よい。実はイベントが始まる直前、信くんと一瞬だけ言葉を交わした。「イベント中にあんまり、二人の昔語りをしないようにしようね」って、互いに同じことを言い合って、やっぱ信くんいい友達だなあって思った。だからこそ、二人だけの時間を得て、気兼ねなく昔話をしたあの時間の尊さったらなかったんだ。

 ホテルに到着し、信くんと別れたのは夜中の0時過ぎ。ホテルの向かいにあるラーメン屋の光が煌々と輝いていて、何より夜中だというのに随分な行列ができていることに驚く。さすがにいまから食べる気にはならなかったけれど、Googleマップで検索だけして、早々に眠る。

 朝起きて、美味しいコーヒーでも飲みたいなと調べたら、歩いて10分とかからない場所に、早くからやっているコーヒースタンドがあった。僕にとって旅先は特に朝の時間が大切。さまざまな誘惑が目を覚まし出す前に、粛々とPCに向き合う。昨夜のことを思い出してSNSにあげたり、メモを書き留めたり、メールを返信したり、原稿を書いたり、アメリカーノを傍にひたすら作業に集中する。

 シングルオリジンが特徴のお店で、中深煎りの豆を選んだのだけれど、ずいぶん美味しかった。シングルオリジンは、品種や生産国のようなざっくりした括りではなくて、農場や生産者単位で単一銘柄としたコーヒーのことを言う。つまり「あきたこまち、うめえ!」じゃなくて「誰々さんのあきたこまち、うめえ!」ということ。いまや、そんな目利きが各地にいらっしゃるから、地方の旅の幸福度は日に日にあがっている実感。この日の朝はとにかくこのお店に助けられた。

 実は今回僕は、札幌にもう一泊することを決めていた。なぜか? それはホテルから徒歩十数分で行ける、とあるお店のパフェを食べるためだ。50を超えたおじさんがパフェを食べたいから、札幌にもう一泊するなんて、正気じゃないと思われるに違いない。ただパフェを食べるだけなら、夕方にでもサッと食べて、飛行機で関西に戻ればいいじゃないか、わざわざもう一泊する意味がわからない、そんなふうに思われるかもしれない。しかし、そういうわけにはいかないのだ。

 そのパフェ屋さんの名前は「ぴーぷる・ぴーぷ」。知る人ぞ知る名店。僕はここのパフェがたまらなく好きで、残りの人生であと何度食べられるだろうか? と真剣に考えて切なくなったりするほど。詳しくは僕がこの店に初めて入れた日のnoteを読んでもらえればと思うが、とにかくこの店は、待つことを強いられる。待って、待って、待った者だけが、極上のパフェにありつけるのだ。その待ち時間は軽く6時間を超える。しかも店のオープンが19時なので、パフェを食べ終えるときには夜中の0時を過ぎているなんてことは、ざらなのだ。

 現在は、コロナ禍を経たことで、さまざまにシステムが変化していて、整理券の仕組みが導入されている。今回の例をもとに、ざっくり流れを説明すると、

16:30 整理券の配布開始。そこで整理券をゲットしたら→
19:00 に整理券を持って再び店に、入り口で検温タイム→
19:15 検温OKだった人から座席に案内されメニューを渡される→
19:25 注文を終えると店主からパフェの提供予想時間を伝えられる→
19:30 一旦店を出る(今回はパフェを2種注文)→
21:45 伝えられた提供時間に再入店するも、やっぱり待つ→
22:30 ようやく一つ目のパフェが出てくる。激美味!→
22:50 二つ目のパフェも出てくる。もうマジやば過ぎる美味さ!
23:20 会計をして店を出る。

 といった流れ。なんだかんだで7時間ほど「ぴーぷる・ぴーぷ」に捧げることになる。しかしそれでもなお、食べたいのだ。いや、もはやこの待ち時間すら味わいたいという気持ち。子供の頃にアトピーがひどかった僕は、添加物の多い食べ物を食べると、顕著に肌や内臓に不調が出る。しかし「ぴーぷる・ぴーぷ」のパフェは、トランス脂肪酸などが含まれるマーガリンなど、自然界にないようなものは使用しない。それどころか砂糖も最小限で素材の美味しさが見事に伝わってくるパフェなのだ。今回、人生三度目にしてようやく出会えたカボチャパフェには涙しそうなくらい感動した。土井善晴さんの言う「混ぜ過ぎない」「触り過ぎない」を天性でこなす、神の手を残した多様な食感のアイスのブレンド。人の手を入れ過ぎていないからこその絶妙な舌触りは、まさに天才のしごと。 なによりこのビジュアルの強さよ。

10月11月頃限定の、かぼちゃのパフェ。ようやく食べられた😭
こちらは毎回頼む、定番のごまのパフェ

 とにかく僕はこの「ぴーぷる・ぴーぷ」に札幌での1日を捧げた。もはや「ぴーぷる・ぴーぷ」に行きたいがために札幌行きを決め、拓郎にイベントを組んでもらったと言われても否定できない。

 ここまで先走って書いてしまったけれど、とにかく僕は今回も無事に「ぴーぷる・ぴーぷ」にありつけた。相変わらず、店主一人のワンオペ。店主のおじさんの主張と癖の強さはハンパないし、検温タイムの無闇な圧や緊張感は何度経験しても慣れないけれど、そんなハードルを超えてなお、ちゃんと、マジで、ダントツ、ゆるぎなく、美味しいのだから本当にすごい。あぁぼくはあと何回このパフェを食べられるだろうか。

 この日僕は、「ぴーぷる・ぴーぷ」を完全ロックオンして1日を過ごした。それゆえ午前中に仕事を終えて、昼からの行程は我ながら完璧だったと思う。なのでここからは、僕が16時半の整理券ゲットまでにどう過ごしたか、そして整理券ゲットから再入店までの夕ご飯に何を選んだのかを、後進のために記しておこうと思う(大袈裟)。

 何度も言うが「ぴーぷる・ぴーぷ」は待つ。ひたすら待つ。これ以上ないくらい待つ。この「待つ」という行為こそ、Amazonに毒され、まるで物流鬼教官と化してしまった現代人がもっとも苦手とするもの。だからこそ僕はこの日、待つということに自ら挑むモードになっていた。そこで思い出したのがあの光景だ。そう、夜中に見たあれ。

 営業時間、昼の11時〜夜中の1時。深夜0時でなお、あの行列だった札幌ラーメンの名店「信玄」。昼ごはんはあそこだと、昨夜の時点で決めていた。

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