勝手に(日本)文学論
「平場の月」(50代による、あおはる物語)で2019年度の山本周五郎賞を受賞された朝倉かすみさんの最近作、「よむよむかたる」が、話題に上っている。新年1月半ばころ発表の直木賞候補作の一つ。
本の題名から読書会がテーマであることがわかる。
小樽にお住いのシニア層(70代後半から90代の方々、平均年齢88歳)数名が定期的に集い、選んで読んだ課題本の感想を述べあう、読みが語るを照らす、「坂の途中で本を読む会」と名付けてシニアさんたちの、生き方がつづられていく物語。
著者の朝倉さんは、88歳になられる母親が参加する読書会が実際にあって、それに2度ほど参加、感銘・感動を受けて本作の着想に相成った次第とおっしゃる。普通の読書会のように、参加者が一方的に聞き役になるのではなく、朗読するパートをそれぞれ受け持ち、更にそれぞれ感想を述べるという仕立てらしい。
朝倉さんのお母上は、すでにこの「読書会が生きがい」になっている。
参加日の前日は朗読練習がピークになり、おばあちゃんでも母親でもなく、まるで女学校時代の母に戻っているという説明に出会った。
これはサムシング。
今自分が関与している職場時代の「アラ90(90歳)の会」メンバーのことを思い出している。
年一回、対面会を季節の良い5月から6月に行っており、
皆さんのお元気な様子を分け合うことでいいのかなと永世世話役としては思っていたが、今回朝倉さんの教えてくれる「シニア同士による読書会」のアイデアもいいなあと思い始めている所。
対面会では近況説明は例年通りやっていただくが、
最近読まれた好きな本を紹介していただいたりするのもシニア族の前頭前野を刺激し人生さらに活性化の妙薬になるのではないかしらんと思うに至る。
近況報告の中でのご自分の趣味であるカメラやゴルフの話は必ずと言ってもいいくらい話題となる、そこに最近読んだ本でこれがいい、ぜひ読んでごらんとそういう話題が加われば更に会が盛り上がるのではないかしら。
来年は自分の好きな本(作家)を紹介しよう、
気に入ったフレーズがあればそれを話題に出そうなどと
対面会が刺激に満ちて充実すること間違いあるまい。
朝倉さんは、ご自分の好きな本を取り上げ、皆の前で朗読すること
そして参加者の間でそれぞれ気に入った文章朗読迄発展していけばいい
とアドバイスされている。
さて朝倉さんの推薦本はというインタビューでの問いには、
林芙美子「小さな花」と山本周五郎の「薊(あざみ)」を挙げておられた。
朝倉さん1960年のお生まれ、上記2冊はいずれも今どきのテーマである
「多様性、LGBT」に切り込んだ作品ということで推している。
2作品共にジェンダーフリーを取り上げる。
林さんの作品はまだ読んでいないが、小さな港町に、相撲取りみたいに大きくて、髪も短くて、男の人みたいで、お妾さんが何人もいる女の人の話だそうだ。
山本周五郎の「薊」は、
武家の奥方のレスビアン(当時はこういういい方はなかったはず)をテーマにしたもの。.珍しい周五郎作品として、ご関心ある方は山本周五郎
全集28巻でお読みくだされ。
周五郎作品は個人的に好きな方で、長編・短編共にかなり読んだつもりだが、この「薊」のことは知らなかった。沢木耕太郎氏の紹介になる「山本周五郎名品館」にも載っておらず、周五郎個人全集最終巻にひっそりと書かれていた(余計なことだが、個人的には同じ全集28巻にある「古今集巻乃五」が気に入っている)。
今どきのシニアの読書会で、周五郎作品―異色の武家社会奥方たちによるレスビアン物語、「坂の途中で本を読む会」のメンバーたちがどのようにお読みになり、どういう会話が展開されるのだろうか。興味深い。
さて、
ノーベル文学賞選定の季節がくると、わが大和国では決まってハルキストたちによる村上春樹の受賞待ちシーンがこれでもかと報じられる。
はて、村上春樹氏。私の記憶が違っていなければ、
米国の代表的クオリティ・ぺーパーの「NEW YOKER」に載った新進の米国作家記事を翻訳することから彼の文筆活動が始まったはず。
その過程で彼は米国作家の良質な文体に浸り、吸収しそこから彼の文学が誕生していくのではなかったか。
日本からノ―ベル文学賞を選べというならば、山本周五郎、谷崎潤一郎そして三島由紀夫の系列にこそ日本文学の代表的作品があり、そういう文学者が選ばれるのが筋論ではないかなと昔から考えてきた。
日本の風土、伝統文化、歴史、地政学を踏まえた「日本状況を形作る文学」が必要である。
かつて川端康成が初めて日本から文学賞に選ばれた時には、スウエーデンのノーベル賞本部では当時の日本を代表する作家は誰なのか判断が付かなかった、そのためいろんなルートを使い日本側に尋ねてきたという話が残っている。川端と谷崎の違いが外国人には容易には判断できないのではないか。
ノーベル文学賞選定本部にあっては、そろそろ日本人に受賞させるがまず有き。
さてそれでは誰が適当か。
彼らは真に悩んだに違いない。川端・谷崎・三島と候補者名が挙がって判断が付かなかったと聞く。
日本文学というなら間違いなく候補に上るであろう山本周五郎作品、
外国人たちにはその精髄を理解するのは難しいかもしれないな
と今も考えている。