地域に寄り添う

京都市東山区

介護保険外サービスを立ち上げるにあたって、どうして東山区を選んだのか、というのは先日の記事でも書かせていただいた通り、高齢化が非常に進んでいる地域ということが大きいです。

そしてもうひとつ。
私が生まれ育った地域であり、愛着があるのが理由になっています。

私は東山区の東端、京の七口に挙げられる「粟田口」の近くで育ちました。
刀剣に少し明るい方ならご存知かと思いますが、粟田口派と言われる刀鍛冶が多く存在したところです。
一応、ギリギリ洛中の生まれ。笑

先日10月の体育の日がある連休には毎年、粟田神社による粟田祭が執り行われ、私も小さい時から町内で参加をしていました。
また新春行事や初午祭、夏祭り、地蔵盆など、地域の行事がまだまだ多く残っていて、昔からの近所のお付き合いも続いているところです。

地域に参加する

私も、小さな路地の中にある長屋で育ちました。
隣近所との付き合いも色濃く残っていて、同年代の子たちと比べても、【地域のつながり】みたいなものを感じる機会は多かったように思います。

母に怒られて玄関から放り出されれば、路地の奥にあるおばあちゃんのところへ行って、おやつをもらって。笑
学校へ行く時は「いってきまーす」と声をかければ、みんな朝の用意の途中に出てきて見送ってくれる。
近所を歩けば、みんなが挨拶を返してくれる。
危ないことをしていれば、近所のおばちゃん達が鬼の形相で真剣に怒ってくれて。
そんなあったかい地域で見守ってもらいながら育ちました。

そうやって地域に育ててもらった私は、無事、地域のことから離れられない人生を送ることになります。笑

消防団に入る

小学校の時に、町内の行事でよく見るおじさんが家に訪ねてきました。
何かと思えば、父に用事があったようで。
そして気がつけば、父はよく夜に作業服を着て出かけるようになり、それが【消防団】に参加しているのだと私が理解するのはもっと後のことでした。

18歳の夏。
大学に入学して半年が経とうとしている頃、父が「消防団に入ってくれないか」と話をしてきました。
なぜか私は、二つ返事でOKをしてしまうんですね、これが。笑
あれよあれよと言う間に入団手続きは済み、2013年9月1日付で消防団員を拝命しました。

実際、何で私はあの時あんなに気軽に了承してしまったのかは自分でも謎ですが、小さい頃から父の姿や、遊びに行った消防団の雰囲気が何となくかっこよく見えていたからだったと思います。

消防団に所属してからは、地域の行事に出る際「参加」というより「参画」に近くなりました。参加して楽しむだけじゃなく、一緒に行事をつくっていく立場に少しずつシフトチェンジしていったんですよね。

地域の色んな人たちや環境に揉まれながら、入団してもう10年目。
夜中に電話で急に呼び出されたり、友人との予定を泣く泣く断って訓練に参加したり…
色々ありますが、なんやかんやで育った地域が好きで、結局お仕事も始めてしまいました。笑

自分を育ててくれた東山区から、何か恩返しができれば…
そんな思いも秘めつつ、これからも頑張っていきます。

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