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なんとなく振り返っちゃったのと本音が出た
こんにちは、ステラです😊
適応障害になってから
早くも半年がたちました。
相変わらず
気分の波や天気の波
いろんな影響を受けて
なかなか『完治』って意味も
分からずどこがゴールかもわからず
とりあえずできることを
ひたすらやり続けています✨✨
元職場からの連絡も来なくなり
実際に自分が思っていたより
私っていなくなっても組織は回る
痛感しつつもこんなにもあっさりと
身を引けたのは不幸なことにも
適応障害になったからかも。
そうでなければ
完璧主義のわたしだから
辞めるにしてもガチガチのマニュアル
作成から始まり
引き継ぐ人は細かな指摘ばかりする
私についてきてくれる人が
いたのだろうかとぞっとします。
私も私から引継ぎたくない笑。
1人部署だから私が辞めたら
ほかにその業務を
知っている人がいない。
今思えば大きなストレスと
プレッシャーになってたし
結局は人間関係が原因とは言え
仕事のキャパも超えていたのだろう。
そして辞め方すら悩み決断できずに
ズルズルと『正社員』という
正解じみた形にとわわれていて
きっと10年超えてもずっとずっと
その「枠」から出ずにいたと思う。
適応障害になり同時に運が悪く
親の多額の借金が見つかったりと
とんでもない2024年となり
そんな親の借金を代わりに清算し
もう巻き込まれまいと
離れる決意をして
引っ越ししたりと
怒涛の一年となった。
休職から退職。
ニート生活が長く続く中
SNSばかりを見あさり
好きな時に寝て
好きな時に食べて
好きなだけYouTube見て
はじめはこんな生活最高なんて
思えたけど一週間もしたら
やばい自分しか見えなくなった。
朝の時間帯
せわしくマンションから多くの人が
当たり前に出勤していく。
昼間はしーーんとしていて
駐車場なんて私の車しか
残ってないありさま。
近くの保育園に子供を預けて
仕事に向かうパパやママ。
1日24時間365日きっと
ぎっしりとやることが詰まった
人たちなんだなと
自分だけが取り残された気持ち。
かといって
「私、適応障害なの」
こんなことは言えなかった。
なんとなく自分の負けを
認めた気がして
ああ、最近流行っている
メンタルやられたってやつね。
このくくりが嫌だった。
「私、ネットビジネスしてるんだ」
口だけでもこう言える自分に
少し誇りを持っていたし
口だけで全然稼ぎもできてなかったけど
外で働く世界にだけに囚われてた
自分が唯一、
光を見いだせたときだった。
リスクがないのに
やらない意味が分からない
仮に失敗しても損失にならない
お金のない私にはチャレンジするのに
もってこいのビジネスが
「コンテンツ販売」だった。
スマホ一台で完結するし
すでにやってて続かなかった
メルカリのせどりとは違っていた。
せどりは仕入れ代や出品、発送
包装の資材代や在庫の圧迫。
もくもくとやれば確かに
売り上げは伸びていっていたが
やることの多さと売り上げを
伸ばすためには
とにかく多くの在庫を抱えて
多くの出品すること。
こんな副業目指していたわけではない。
でも初期投資に仕入れのための契約や
準備金等で60万以上とんだ。
すぐにペイできますよーと
なんて誘ってきた人は言ってたけど
向き不向きはあるにせよ
私は無理だった。
せめて初期投資60万は取り戻す目標に
やっと届き廃業に向けて進めた。
これもコンテンツ販売という
リスクゼロ、在庫も持たなくていい
スマホ一台でOK。
こんなスタート時のメリットを
並べられたら
私はもちろん飛び込む選択をする。
アカウントを作るところから
でも本当に何事も無料。
記事を書いては金額をつけて
0→1は難なく突破。
これは私に向いている!!
天才かも…✨
正直この時点ではうかれいてた。
このまま月50万とか
コツコツ積み上げれば夢ではない。
ひたすら記事を書いては
有料にして投稿する。
反応も「スキ」もなくなっていく
フォロワーも増えないし
そもそも記事が売れない。
初期投資がなくたって
売れないんじゃ意味ないじゃん。
「フリーランスとして成功してます」
なんて気取った顔して
元職場の人たちに会った時には
見返してやりたいと思っていたのに。
やっぱSNSで月50万とか
一ヶ月で100万とかつぶやいてる人は
インフルエンサーとか
そもそもの実力がある人であって
そんな人が全くの初心者に
初期投資ゼロ、実績ゼロでも
なんてあちこちでつぶやくもんだから
そりゃ私もほいほい乗っかっちゃうの。
私は成功する側ではない人という
そう感じてから記事を書かなくなった。
書いたって無駄。
誰も見ないし、私に価値はない。
適応障害の落ちこぼれ
お金もなければ無職の状態。
こんなにどん底に落ちた事は
人生なかったし
なんとなく安定するアラフォーの
時期にこんなに人生が崩れていく
なんて思ってもみなかったから
若い力とかやり直しがきくとか
また仕事さがしてキャリアアップ
そんな気持ちもわかない年齢だった。
結局はだらだらと求人サイトを
見て回る日々。
一度は働いてみたものの
人と話す、合わせる、従う
これまで散々してきたのに
少しのズレが心に大きく影響して
体が動かなくなった。
正直、人生終わらせたいって
何度も思ったよ。
ありがたいことに
独り身だしさ。
友達っていう友達も身近にいなくて
私が消えても困る人はいない。
親には申し訳ないけど。
生きてて迷惑を
アラフォーにもなった私が
かけてはいけないよ。
引き留めてくれたのは
言葉を発せられないけど
愛犬だった。
何にも分かってないいつもの笑顔。
飼い主はこんな状況なんだよ。
愛犬はそばにいてくれる時間が
多くなって逆に満足していた。
そうだね、仕事してた時は
朝早くでで、残業しては帰ってきて
「疲れたーー」と
ご飯食べて寝てそして休日は
疲れをとるために寝だめして
夕方には明日からの仕事に
支障ないようにと
くそ真面目に遊びに行ってても
飲み会でもみんなが帰らなくても
夜の12時越えそうなもんなら
「あっ明日仕事だから」と
仕事のためだけに生きてて
こんなに家にいたことは
社会人になってから一度もない。
愛犬には理解できてないだろうが
幸せそうに寄り添う姿をみて
これまで何をしてあげられたかな
どれだけ適応障害で落ち込む私を
救ってくれただろうか
私の生きる役目はちゃんと残っていた。
「私、フリーランスとして働いてるの」
絶対に絶対に言って見せる。
決意するとともに行動すること。
守りたいものをどう守りたいのか
欲しい未来はどんな形なのか
私は愛犬を守り抜いていくこと。
そして同じく適応障害やメンタル不調で
働けなくなった人が外で働くの一択ではない
生き方があるんだよって知ってもらいたい。
体調の波に左右されても
続けていけばド素人だろうが
アカウント作りから始めた私が
こうして発信していけているという
希望になってほしい。
稼ぐより救われましたの声が
どれだけ自分が救われるのかを
知ってほしいです。
私の適応障害の薬は
薬という形ではなくて
あなたからの
「ありがとう」
「頑張ってください」
「次も待ってます」
めちゃくちゃ効く薬です。
病気の治し方に
こんな形もあるんだなって
出会えたことも感謝してます。
誰かに必要とされていること
誰かの役に立ちたいと思うこと
この半年でいろんな感情が
私の中でぐるぐると回り
絶望あって光を見つけ出せた。
ちょっと今回は振り返り
本音を語る記事となってしまいました。
ビジネスとしての学びでなくて
すみません。
病気と向き合ってきた
そしてこれからも
病気克服のために
私が学んだすべてのことを
伝えていきます。
いつも、ありがとうございます😊
チャレンジして飛び込む世界は
とりあえずリスクゼロなら
飛び込む価値もあるということです。
やってみた、やってみるが
あなたにとって
いい薬になるかもしれない。
一緒にチャレンジしてくれるあなたを
応援しています🔥🔥
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