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【松本】 むかしの味 ~池波正太郎が愛した叉焼を求めて~

上高地の帰りには松本へ出て、近くの浅間温泉へ泊る。そんな時に、斎藤さんが、「とても旨いから、寄ってごらんなさい」と、教えてくれた[竹乃家]の中華料理を、はじめて口にしたのだった。その時、印象に残っていたのは、自家の竈で焼いた叉焼だった。

(むかしの味  池波正太郎著 新潮社)

戦前の遠い昔、池波正太郎は若かりし頃に信州の上高地周辺に幾度も足を伸ばして登山やキャンプを楽しんでいたようです。その帰りに寄ったのが松本市の『竹乃家』という中華料理店。彼は戦後に再び松本を訪れた際にその店も叉焼も健在であることを知り、改めて料理の美味しさに感銘を受けることになります。その後は松本に立ち寄るたびに舌鼓を打っていたとのこと。

竹乃家は大正末期に中国から帰化した石田華さんが開店。その後はご子息が店を継ぎました。池波正太郎に愛され、松本市民に愛され続けてきたのですが、1998年に惜しまれつつも閉店となります。

私が訪れる機会がないまま過去の存在となってしまったお店ですが、馴染みの味だった方も多いのではないでしょうか。

わたしとチャーシュー

さて、時を経て2004年。その頃私は松本駅近辺のラーメン全制覇を目標にしてひたすら食べ歩いていた時期がありました。まだブログというものが一般的に使われておらず、食べログもない中、松本駅前のラーメン店を網羅したデータベースがあると便利だろうと思いながら始めた活動です。

専門店だけではなく食堂のメニューの一角にあるラーメンもターゲットにお店をリストアップしていたのですが、そのような必ずしもラーメンを主力としていない昔ながらのお店のラーメンにはどことなく統一感があるような気がしていました。

  • 塩ラーメンのように色味が薄い醤油味のスープ

  • ぎゅっと締まった小ぶりなチャーシュー

  • スープによく馴染んでいるソフトな麺

これはもはやご当地ラーメンなのかもしれないな、と何となく考えていました。激烈美味しいかと言うと、そこまでそうでもない、要するにさりげない感じのものです。

このような穏やかな食堂系ラーメンを立て続けに食べていると、ちょっとこの系統に食傷気味になってしまい、若干くじけそうになっていました。私は一体何をしているのでしょうね。
そんなある日、「春華食堂」というお店を訪ねる順番がきました。全く知らなかったお店なので、きっと同じようなラーメンなのだろう、本当はかつ丼が食べたいな、と足取り重くお店に向かったところ・・・

中に入ると溢れかえる人と活気に圧倒されます。人気店のようです。
透き通ったアッサリスープは、鶏と豚のしっかりしたコクが出ています。これはお見事。喉の奥を刺激するキレはデフォの胡椒によるもの。塩分濃度はちょっと強めです。中細の縮れ麺は、かなり柔らかい食感。
チャーシューは周囲が赤く染まっています。豚臭が強く歯ごたえがありますがジューシーです。
メンマは発酵臭が強く、一口食べるとしばらくその味が残るほど。これは私好みです。
麺の柔らかさは独特ですが、スープの美味しさにより印象深い逸品となっています。

これは2004年12月の私のレポート。今読むとなんかうざい書きっぷりですが、とても美味しかったのです。

当時は「こんなに大勢の人が食べにきている美味しいお店なのに私だけ知らなかったのはどういうことなのよ」という気持ちが湧き上がってきたと共に、実はこの街は宝の街なのではとも感じて美味しいお店の発見への期待値爆上げでハイテンションだった思い出があります。

赤い縁取りのチャーシュー。
そう、実はこの店は「竹乃家」の系譜の一つでありました。

■春華食堂(2009年1月 閉店)

竹乃家で腕を振るっていた方が1951年に開業したお店です。その後店主がお亡くなりになり、奥様がお店を切り盛りしますが、体調不良のため2009年1月に閉店となりました。

ラーメン
写真は「長野ラーメン食べ歩き」(nelさん)からご提供いただきました

ラーメンの他にも炒飯や丼物など色々が美味しく、お気に入り店としてよく足を運んでいました。当時、記事をアップした後に「この店は昔から大好きです」というお話をよく聞くようになり、多くの方から愛されている様子がよくわかりました。それ故に閉店は心から残念に思いましたね。


私は竹乃家の味自体を知りませんが、もしかしたら、この赤い縁のチャーシューこそ、冒頭の池波正太郎が食べた竹乃家の味なのかもしれません。





と思い、確かめてきました

■チャイニーズレストラン驪山 (れいざん)

竹乃家の石田華さんのお孫さんにあたる方が、竹乃家のレシピを引き継ぎ数十年前に開業されたお店です。竹乃家の直系のお店として松本では有名ですよね。ちなみに私は初訪です。

叉焼麺

まさに、ですね。春華食堂のチャーシューは少しワイルドな香りがあって食感もしっかりしたものですが、こちらのチャーシューは柔らかく上品。見た目は似ていますが、食べると違いがありました。
もしかして煮てあるのかなと思いお聞きしたところ、今でも昔と同じように炭火で焼かれているそう。煮るどころかオーブンですらなかったわけです。丁寧な調理プロセスの他にも、そもそもの肉の良さやマリネの工夫などの全方向のこだわりでこの味を出しているのだろうと予想できそうな、素晴らしいものでした。
加水率が低そうな細麺はかん水臭が殆どせずややソフト。あっさり滋味深いスープ。そしてたっぷりのチャーシュー。大変美味しくいただきました。

シューマイ

シューマイも美味しかったです。しっかり練り上げられていてこちらも丁寧なお仕事な印象。おビールと一緒にいただきました。

というわけで、チャーシュー探しに奮闘するというワクワク展開ではなく驪山に行けばよいですねという最初から答えがあったトピックで失礼しました。


竹乃家の系譜まとめ

さて、少し整理します。

驪山がご家族からの直系。春華食堂と本郷食堂は竹乃家の従業員が独立したというのが私の認識です。

もう一軒、「一の家」さんという食堂も竹乃家と繋がりがあるとの話を聞いたことがありますが、情報不足なため外してあります。(ちなみに一の家さんのラーメンは先に触れたご当地系でした。雰囲気が素晴らしく、常連さんが勝手に冷蔵庫からビールを出して飲む様子が大好きだったのですが、残念ながら閉店しています)

■本郷食堂(2016年5月頃? 閉店)

本郷食堂という名前のお店は松本に二軒ありまして、一軒が松本市水汲、もう一軒が松本市大手。両店に関連はなく、竹乃家さんと繋がりがあるのは水汲のほうの本郷食堂のようですので、こちらを紹介いたします。両店とも現在は閉店しています。

昔から美味しいとの評判をよく聞くお店でした。

ラーメン
写真は「長野ラーメン食べ歩き」(nelさん)からご提供いただきました

出汁濃度は軽めなのですが、豚と鶏の強い香りがします。一口目に強い塩分を感じます。飲み進めていくうちにバランス良く落ち着く雰囲気。 胡椒が強い、という話を聞いていましたが、それほどでもなかったです。
弾力の無いやや太い麺で、少々ざらつきがあります。面白い食感。 チャーシューも秀逸と言えます。大黒屋を思い起こさせるジューシーなやわらかい部位で、味付けも程よく美味しい。 あと、甘めのメンマがタップリ入っています。
やや野暮ったさを感じるものの、時々食べたくなりそうな魅力があります。メニューも豊富で、色々気になってしまいます。

2006年06月の私のレポート。チャーシューに赤い縁取りはありませんが、味は絶品だったようです。気に入った様子が伝わってきますね。また食べてみたいという思いが叶わないのは残念です。


(おまけ)水汲本郷食堂と大手本郷食堂のお話
先ほど両店には関連がないと書きました。しかし、両店の名物メニューが「五目カタ焼きそば」であり、驪山も竹乃家の味に近いという「五目(カタ)焼きそば」を名物にしているので、もしかしたら何かあるかな?とも思っています。


というわけで、以上、なのですが、もう一軒紹介をさせてください

■天津食堂

松本市中央に構えるこちらのお店、2006年頃に2度ほど頂いているのですが、少し春華食堂に似た雰囲気があったことから、ブログでその旨を書いたところ、詳しい方から春華食堂と関わりがあるお店だと教えていただいたことを思い出しました。

先日14年ぶりにお話をお伺いに行ってきました。

お聞きしたところ、春華食堂とは親戚関係で、春華食堂で働いていた先代が独立されてこちらのお店を開業したとのこと。現在は二代目のようです。当初は春華食堂に近い味作りをしていて、赤い縁取りの叉焼を作っていた時期もあったそうです。

チャーシュー麺

焼きではなく煮豚とのことですが、形状や少し甘めの味付けにどことなく名残を感じさせるもの。
香味油が特徴的な旨味たっぷりなスープと、弾力が強く食感が楽しすぎる縮れ麺、14年前とは違うものという印象ですが、ラーメンとしてはとても美味しく完成度の高い逸品でした。相当工夫されてこの味にたどり着いたのだと思います。

驪山はもちろん、春華食堂も本郷食堂もいいお店でしたし、天津食堂のラーメンも美味しかったです。ブランドとして表に出さなくとも素晴らしく安定感を感じます。店はなくなっても、マインドは受け継がれてきているのかもしれませんね。



以上、いかがでしたでしょうか。

竹乃家は松本市の近代食文化史を語る上では重要なお店と思いますが、特にまとまった情報がなかったため、思い出のチャーシューを切り口にまとめてみた次第です。

もし情報に誤りや不適切な部分がありましたらご指摘ください。また、追加の情報がありましたら掲載させていただきたく、お寄せ頂けると助かります。


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