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浪漫の箱【第5話】
↓第4話
※今回の話は卑猥かつグロテスクな描写が含まれています。なるべくソフトに表現してますが、苦手な方やお食事中の方は読むのを控えてください。
「何か!気づいとったんか!」
「はい。ひと声かけてくださいよ。」
「…手紙は?」
「見ました。初美さん、謝罪文的なもんを祖母に送っていたんですね。」
宛先不明で返ってきていた手紙はまるで初美さんの死を受け入れられていないような文章だった。
「やな。」
「娘のように可愛がっていたんですね。自分の息子と不倫したのに…。」
僕だったら自分の子どもに手を出した奴はいかなる理由があろうと許さないし顔も声も聞きたくない。
「スミちゃんにはお世話になったからな。それを…人殺し共が。」
"人殺し共"とは僕の母と自分の奥さんのことであろう。
おっちゃんは興奮と怒りで震えながら続けた。
「いや〜今考えるとさばき方下手くそやったな!嫁も美奈子さんも魚さばけんし。」
それから火がついたように「毛が残っていた」「この部位は臭すぎた」などの禁句ワード砲を唾と共に飛ばし始めた。
「あ、あの落ち着い…」
「じゃがな!おいはそれ含め全部食ってやったど!何せ初美のだからな!骨つきのやつはツルンツルンになるまで綺麗に食ってやった!人殺し共もびっくりしよったわー!」
アキおばちゃんはともかく、母も人殺し呼ばわり。ではおっちゃんから見て僕は人殺しプラス恋敵の息子なのだろうか。
彼はそんな僕のことをどう思っている?と疑問に思っていたら
「あと…まるで初美のアワビがまるごと出てき…」
ブィーン…ブワァァァァ
僕は急いで窓全開にして風の音を聞くことに集中した。
「びっくり…バター醤油垂らして炙りよっ…宏くんと半分こしろっち…」
そろそろ口から出そうだ。
確かカバンの奥底にコンビニのレジ袋があったはずだ。
しかし、おっちゃんは大声は風にも負けず耳から脳に響いてくる。昨日買った耳栓を持ってくればよかった。
「それはなぜか宏くんは残しちょった!!初美への愛はその程度やったんや!!」
黙れ
黙れ
黙れ
黙れ黙れ黙れ黙れ!このシスコン拗らせジジイが!!
畑に着くなり、僕はおっちゃんの頭を引っ叩いた。
おっちゃんの目が点になっている。
「…貴宏?」
喫茶店の時みたいに怒鳴られると思っただけに少しだけ拍子抜けした。
「…おばあちゃんも…知ってるんですか?人肉ってこと。」
怒りと怖さで声が震える。
「知らん。何か臭いなっち言ってたけど。猪ってことにした。」
無理があり過ぎるだろう。
事実ならばある意味この事件最大の被害者は祖母だ。
「くっそ汚い色恋沙汰に祖母を巻き込まないでくださいよ!」
こんなに他人に対して感情をぶつけるのは初めてかもしれない。そのくらいおっちゃんの一言一句に腹わたが煮えくり返る。
「スミちゃんには本当に悪いことしたっち思っちょる。だから死ぬまで彼女に尽くそうと決意した。貴宏怒っとるのか?」
「…もちろんですよ。僕がせめて物心付いていたらあんなキモいシャツ着ないし、絶対そんなイカ臭い肉食べさせんし。あんたら本当何なんマジで…。」
遊びに行くといつも笑顔で出迎えてくれ、腹がはち切れるくらいのおもてなしをしてくれる。
高校に入学し、行き帰りに家の前を通らねばならないのはたまに億劫に感じることもあったが。
僕はそんな祖母が何やかんや言って大好きだ。
何も知らずに"三郎と父のハイブリッド肉"を食べさせられた彼女が可哀想で泣けてきた。
「かもな。ただ…おいは…初美が好きやった。ただそれだけの感情で動いてしまった。」
もう一発引っ叩きたくなったが我慢した。
「その結果おばあちゃんは巻き込まれて、更に子どもだった僕は見せしめの道具に使われたってわけだ!」
「すまん。」
「異常だよ。三郎おじさんも初美さんも!まず、あんたらがいなかったら平和な日々を過ごせていたかもしれない。」
「そうやな。」
「そもそも何であんたらは過ちを犯したんですか。」
「…車ん中でよか?」
「はい。」
「てかそんつもりで呼び出したんじゃが。嫁は今日1日温泉旅行でおらんから。」
―僕はあの白い紙を拾っただけ。
僕はただあの紙の中身を知りたかっただけなのに。
「初美とはな…」
おっちゃんは頭をガシガシ掻きむしりながら話を始めた。いきなり照れるなよ。
しかし…
周りは血生臭い壁に囲われているはずなのに浪漫を感じる。
僕もまた異常なのかもしれない。
―続く―