津野米咲・赤い公園の音楽 根底を流れる和音
津野さんは、幼いころに通っていた音楽教室の作曲の課題で”ドとシの音を一緒に鳴らしてはダメ”と言われ、それをお父様のつのごうじさんに見せて”何も間違っていない”と言われたのでその教室を辞めた、という話は有名だと思います。 その教室では、あくまで音楽の基礎の基礎として、完全な協和音のみで曲を作るように指導したいたのだと思いますが、当時の津野さんは既にドミソ、ドファラ、シレソ、の和音だけで曲を作る事に物足りなさを感じていたのでしょう。 その話をしたときにごうじさんが教えてくれた和音の一つが上記の物だそうです。 とてもきれいな響きのコードですが、ここに津野さんの音楽の様々な特徴に深い影響を与えている物があるように思えます。
1. C2/Eから導かれる赤い公園の特徴
2あるいは+9コードの多用
三和音の主音に対して2度あるいは9度(C=ドミソであればレ)の音程を追加したコードは、赤い公園の音楽で初期から新体制まで一貫して多用されています。 一番早い曲では津野さんが15歳の時に作曲したと言う「おやすみ」のAメロ冒頭の和音がC2の和音です。 また、初期の『ランドリーで漂白を』に収録されている「何をいう」では、Cm2のコード(ドレミ♭ソ)が伴奏に現れますが、レとミ♭が半音でぶつかるこの部分の不協和音はとても美しく響きます。
ベース音の転回
このコードは基本はCのコードですが、ルート音が通常のCではなく、Eになっています。 赤い公園の曲でコードが鳴らされるとき、転回されていたり三和音外の音がルートになったりした結果、ベースが基本のルート音を弾く事が通常のバンドに比べて少ない様に思えます。
白鍵が3つ並ぶ和音
上記の転回形では一見分かり難いですが、C2は本来下からドレミソと並ぶ和音です。
ドレミはピアノの鍵盤では隣り合った3つの白い鍵の音です。 鍵盤で和音を弾く場合、通常の3和音では一つ置きの鍵盤を押す事になり、そこになんらかの4っつ目の音(6thとか7thとか)が加わると隣り合った2つの鍵が同時に押される事があります。 ここまでは良くある事なのですが、このコードのように隣接した鍵盤を3つ同時に押すという事はある意味小規模なクラスター(音塊)のようになり、少なくとも古典音楽では滅多にありません。 ところが、津野さんの曲にはこのパターンが比較的頻繁に現れるのです。
ヨナ抜き音階
ドで始まるヨナ抜き音階はドレミソラの5音です。 津野さんは『純情ランドセル』を出した後、”J-POPを意識してヨナ抜き音階を取り入れた”と語っています。 ヨナ抜き音階自体は『透明なのか黒なのか』の頃から頻繁に使われているので、どうしてこのタイミングでこのような発言をしたのかはちょっと不思議ですが、いずれにせよ津野さんが”日本っぽい”メロディとして愛好していたヨナ抜き音階もこのコードが元になっているのかも知れません。 この和音にはラ以外のヨナ抜き音階の4音がそのまま含まれています。
ルートに対して2度(9度)の関係で始まるメロディ
以前自分が記事を書いた曲の中でメロディとルート音の関係を簡単に調べたのですが、約30曲のうち三和音の音以外で始めるメロディが半数の15,そして、2度(9度)の音程で始まる曲は5曲ありました。 実際にはもっと多いイメージがあるのですが、デモ音源集に入っていた「EDEN」もこの音程で始まるメロディです。
音の重複を避ける、省略する
上記の例では、ベース(左手)がミの音なので、右手の和音ではドレミソの中で左手と重複するミの音は省略されています。 ”赤すぎる公園”(ファンクラブサイト)の中の津野さんの連載”独学堂”を読んでいらした方はご記憶にあると思いますが、「サイダー」で実際に使われているギターのコードを例にとって、いかに3本の指で(3つの音で)コードを成り立たせるか、ここに津野さんはこだわっていたようです。 「サイダー」の記事で一度書いた内容ですが、改めて引用しておきます。
実際には、同じ「サイダー」の中でもDm7のレ、ファ、ラ、ドという4音の中でベースと重複しているレを残す一方でファの音を省くなと、実際の省略の仕方にはかなりこだわりがあったようです。 結果として、赤い公園の曲全般に言える事ですが、所謂分厚い、重厚な響きは避けられていて常に見通しが良いのですが決して薄っぺらくはならない、という絶妙なバランスを実現しています。
2. ドとシが一緒になる和音
こちらも小さい頃にお父様に教えて貰ったコードだそうです。 右側が基本転回のCmaj9です。 通常のC9では♭するシの音がナチュラルなのでさらに独特な響きになります。 左側がおそらくお父様に教えて貰ったという転回形だと思うのですが(こちらはちょっと自信ありません)、もともと一オクターブ近く離れていたドとシの音がここでは隣接して半音の差でぶつかっています。 また、この転回形だとシ、ド、レの三つの隣接する白鍵が押される事になります。
3. 砂漠の王子
音楽教室を辞める原因となった曲がこの曲かどうかは分かりませんが、小学校3年生の時の曲だそうです。 4小節目のソの音は、実際に左手で弾かれるソ♯と同時には鳴りませんが、曲の進行からして聞き手はここでソはシャープすると思っているので、半音ズレた音に驚かされます。 実際、二拍目でソ♯の音が鳴らされる時、聞き手の中に残っている一拍目のソ♮の音と半音でぶつかっている様に聞こえてきます。また、8小節目はEメジャーの和音にファの音(ミとファ、関係としてはドとシと同じ)が鳴らされ、ここは明らかな不協和音として響きます。
後に「Canvas」の冒頭のディミニッシュ(減和音)コードが協和音に解決する事を”ぎゅっと閉じていた蕾が開く様子”に例えたり、緊張した音楽がふっとゆるんだりする様が好きだと語っている津野さんですが、本当に幼い頃から少し緊張した響きを含む和音が好きだったようです。
また、あるインタビューでは「木」について”紺色の明朝体の6が頭に浮かぶ”、と語っています。 津野さんが所謂”共感覚”の持ち主であったことは間違いないと思いますが、おそらくある特定の和音が響いた時、津野さんの頭の中にはある色や数字(またはそれにむすびつく特定の感情)が浮かぶのだと思います。 それが作曲家として幸せな事なのか、不幸な事なのか、その感覚を共有できない自分には残念ながら分かりようがありません。
一方で、1小節目や5小節目はAマイナーのラドミの和音ですが、右手のメロディがミなので、左手の2-3拍目のミの音は省略されているようです。 この頃から既に同じ音が重なる事が好きではなかったのでしょうか?