津野米咲・赤い公園の音楽 32. 消えない
「消えない」は2019年10月23日発売の『消えない - EP』の一曲目に収録されています。 曲自体は2018年9月ののフェス(BAYCAMP)で発表され(石野さんのお披露目ライブから4ヵ月後)10月29日には公式Youtubeチャンネルで全曲がMVで発表、その後のライブでも必ず演奏されていた曲です。 それまでの(旧体制の)赤い公園の曲と比較すると曲もアレンジも一聴すると非常にシンプルでストレートに響き、それがこの曲の人気の理由と思われますが、実際には一筋縄ではいかない部分もあるようです。
上記インタビューで津野さんは”ライブでやっていて音源になっていないダンサブルな曲”が新体制第一曲目の候補だったと語っていますが、「消えない」発表より前にライブ演奏されていて、その後なんらかの形で新体制の赤い公園で演奏された曲は以下の通りです。 この中から選ぶとすると、候補だったのはおそらく「ジャンキー」でしょうか? 「Highway Cabriolet」はダンサブルですが、『消えないーEP』に一緒に収録されているので、このインタビューのタイミングであれば具体的に曲名を挙げていたのではないかと思います。
「ジャンキー」、「Highway Cabriolet」、「さらけ出す」、「KILT OF MANTRA」、「スローモーションブルー」、「おそろい」
1. 「消えない」の特徴
4/4拍子、Gマイナー、BPM 134(ゆらぎあり)
イントロ(Gマイナー)→Aメロ(Gマイナー)→Bメロ (Cメジャー)→サビ(Gマイナー)→Aメロ(Gマイナー)→Bメロ (Cメジャー)→間奏→Bメロ (Cメジャー)→サビ(Gマイナー)→アウトロ(Gマイナー)
全体としてメロディ・コード進行・リズムすべてが非常にシンプルに作られている中で、イントロと二度目のAメロに現れるドラムのパターン(リズム)と、Bメロの異様なコード進行とその上で歌われるコードとは不協和なメロディの2点が旧体制の赤い公園を思わせる突出した要素であると思います。
変拍子・リズムのトリック?
2019年11月号のMUSICAのインタビュー記事で、「消えない」は”変拍子満載のオルタナティブなロック歌謡”と紹介されています。 この曲自体は、最初から最後まで完全に4分の4拍子なので所謂”変拍子”は存在しませんが、トリッキーなリズムという意味では4拍子の曲の中で3拍子にも聞こえるイントロ・Aメロ(2度目)のドラムパターンが挙げられると思います。
津野さん自身は後の「絶対零度」についての上記インタビューで”「消えない」のリズムのトリックが「絶対零度」につながっている”と発言しています。 「絶対零度」は三拍子系のリズムの中に二拍子や四拍子を紛れ込ませ、更にそれによって曲のテンポ感も変えるという高度なテクニックが使われていますが、詳細については下記記事をご参照ください。
「消えない」は全編通して四分の四拍子で速さの変化もない為、同類のテクニックが使われているとしても効果は全く違うと思います。 この”トリック”が「絶対零度」のような”数学的”なリズムの変化を表しているとしたら、具体的に何を示しているのか筆者にはまだ発見出来ていません。 ただ、”石野さんの歌が一本の弦のようにつながっている”事がポイントであるとすれば、「消えない」で見られるのはAメロ繰り返しの裏で歌川さんが叩くアクセントの位置のずれたリズムであり、ギターソロの後のBメロの繰り返しで現れる「NOW ON AIR」と同じキックのリズムの繰り返しが微妙に歌のリズムとずれている点等の事を指していると考えるのが妥当なのかも知れません。 更にあえて言えば、冒頭及び二度目のAメロのバッキングのドラムのリズムが、4拍子の枠組みの中に三拍子のリズムを紛れ込ませているように見える事でしょうか(下記譜例参照)。 ただ、自分には聴感上はアクセントの位置がズレた四拍子にしか聴こえないのですが。
ボーカルとベースのユニゾン
繰り返されるベースのフレーズが印象的ですが、ボーカルとベースがある意味反発しあうような作曲がされていた旧体制の曲とは対照的に、ボーカルに寄りそうどころかフレーズ後半ではベースと歌が完全なオクターブユニゾンになります。 このフレーズの最低音(曲の終結部でベースが一人鳴らす音と同じ)はE♭1で通常の4弦ベースの最低音より半音低くなっています。 藤本さんはこの音を4弦の1フレットで弾いているので、調弦を通常より1音さげてDにしているようです。
サビのメロディの繰り返し
イントロ・Aメロのベースの繰り返しも印象的ですが、サビのボーカルのメロディは8小節間にわたって基本的にソ、シ♭、ドの3音しか出てきません。 また同じ音型が最初から最後までで合計7回繰り返されるというのもこれまでの赤い公園には珍しいものです。 また、このサビの間、ベースもソ、ド、レの三音を四つ打ちでずっと繰り返しています。 この”単純な繰り返し”は、津野さんにとっての”オルタナ感”の重要な要素なのでしょうか。
Bメロのコード進行と浮遊感のあるメロディ
個人的にはこの曲全体を通して一番特徴的に思えるのはBメロの部分です。基本全編Gマイナーの曲の中で、この部分のみ一瞬Gメジャーに近い響きが聞こえてきます。 1小節目(5小節目)と3小節目(7小節目)はコードこそ独特ですが(Cmaj7, Em7+sus4)メロディとコードは調和しています。 しかし2小節目(6小節目)と4小節目(8小節目)はE♭maj7に対してラ、C♯m7-5に対してレという絶妙に不協和な音に終止します。 初めて聞いた時は、”このメロディは仮のメロディあるいは対旋律のようなもので、本当のメロディは別にある(歌われないメロディがある)のではないかと感じ、強い違和感を覚えたのですが、現在はこの独特な響きが如何にも津野さんらしく、美しく聴こえます。
(*注1)もともと音楽そのものについて語りたがらない・あるいは語るのが苦手な感のある津野さんですが、新体制に入ってからのインタビューは、雄弁に語られてはいるが具体的に何を言っているのか理解し難いものが増えてきます。 この部分、もう少し突っ込んで聞いておいて欲しかったと思うのは私だけでしょうか…
2. 津野さんの意図
赤い公園の曲を時系列順に並べて聞くと、当然ですが『熱唱サマー』の最後の曲である「勇敢なこども」に続けて「消えない」が再生されます。 約1年の間を挟んでおり、曲調は全く違う上に歌い手も変わっているのですが、以外な程に違和感なく続けて聞く事が出来ます。 一つの理由はこの曲が「勇敢なこども」と同じGのキーである事でしょう。 当初をこれを津野さんの意図的な”しかけ”だと思っていたのですが、この曲のベースのフレーズが通常の調弦では弾けない音域を含む事に気づいた時、もしかしたらそれは全く見当はずれかも知れない、とも思いました。 「消えない」の最高音はほんの一瞬だけでてくるE5ですが、佐藤さんであればF♯5は余裕なので、もしかすると津野さんは最初いつもの癖で作曲してしまい、石野さんの当時の音域に一番良いキーにするには全音下げる(AmからGmに下げる)事にした、それに伴ってベースの低音をカバーするために変則チューニングをすることになった、という経緯があったのかもしれないと考えたからです。 正解は分かりません。 ただ、この新しい体制の初めての音となる曲のキーとして、シャープもフラットもつかない”潔い”Amのほうがより相応しかったような気もします。
一方で、もしこの曲が「NOW ON AIR」を意識して作られているとすると、G majorに対するG minorという事になり、まさに”裏返し”に位置する事になります。 ライブに参加したり映像を見た人は体験していると思いますが、ギターソロの後のBメロの繰り返しではドラムのキックのリズムに合わせて聴衆がハンドクラップしますが、そのリズムも、ハンドクラップも「NOW ON AIR」と全く同じです。 そして、この曲は旧体制の一番最後のライブになった『熱唱祭り』でも一番最後に演奏されたので、旧体制からのファンはこの部分でどうしても看板曲であった「NOW ON AIR」と、それを歌う佐藤さんの姿を思い出さざるを得ないのです。 ”なんども励ましてくれた”が、”初めてうるさく聴こえたお気に入りの曲”とは、やはり「NOW ON AIR」でしょう。 旧体制の代表曲を確実の過去の物にする事、そしてそれに置き換わる新生赤い公園の名刺代わりの曲として「消えない」を聴衆に差し出す事が津野さんの意図ではなかったでしょうか。 そして、この曲は、実際に新体制の看板曲になりました。