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津野米咲・赤い公園の音楽 21. 絶対的な関係・きっかけ

 前作『風が知ってる/ひつじ屋さん』リリースのちょうど一ヶ月後、2014年3月12日に赤い公園4枚目のシングル、『絶対的な関係/きっかけ/遠く遠く』が発売されました。 
 槇原敬之さんのカバーの「遠く遠く」のみ津野さんのプロデュースで、ドラマ「Lost Days」の主題歌として書き下ろされた「絶対的な関係」と、非常に対照的な曲調の「きっかけ」の二曲は前作に続いて亀田誠治さんのプロデュースです。

 「絶対的な関係」は、前作と同じように赤い公園の音楽を更に広く届ける事を狙い、今回は特に当時まだファンが少なかった若い世代の聴衆を広げる事を狙って作成されました。 そして、結果としてオリコンのランキングで赤い公園のシングルとして最高位の20位を記録し、総売り上げ枚数でも歴代シングルの中で1位になっています(ちなみに2位は『オレンジ/Pray』、3位は『今更/交信/さよならは言わない』)。  前作の『風が知ってる/ひつじ屋さん』はオリコン最高49位、総売り上げ枚数では6位という結果でしたので、大きく売り上げを伸ばしたと言えますが、この2枚がたった一ヶ月というインターバルで連続発売された事も多少は関係しているかも知れません。

1. 「絶対的な関係」

構成 

BPM 170固定(ゆらぎゼロ)。
4/4拍子 基本
イントロ (A minor) →Aメロ (A minor)→Aメロ繰り返し(A minor)→サビ(A minor)→Aメロ (A minor)→Aメロ繰り返し(A minor)→サビ(A minor)→間奏(A minor )→サビ(A minor, ドラム休み)→サビ(A minor) アウトロなし

 ライブでは基本同期を使わずに演奏していたようです。 旧体制最後のライブ(熱唱祭り)の際は、音源よりも更に速いBPM 175近くのテンポで演奏されていました。 新体制では連続してメドレーのように演奏されていた「絶対零度」のCD音源は、偶然かどうかは分かりませんがBPM 168とほぼ同じテンポなので続けて演奏しても違和感がないようです。
 この曲は全曲で100秒ちょうどで有る事が有名で、津野さんはこれを完全に偶然だとインタビューで答えています。 実際のところ、BPMが170なので四拍子の曲だと71小節弱でちょうど100秒になる計算ですが、この曲はカウントダウンを入れて70小節+3拍の長さになっているため、デモを作っている段階からおおよそ100秒になる事は分かっていた、あるいは曲が出来てから100秒ぴったりにする為にBPMを調整した、と言う事はあったかもしれません。

資料や台本のさわりを読んで作り始めましたね。で、ディレクターから「アップテンポで、イントロが印象的で、Aメロで落とさないで、サビが最強な曲」というオーダーが来て。それまでAメロで一回落としてサビで上げるような曲の作り方が多かったのもあって、すごく苦しみましたね。めっちゃ焦りました。本当に切羽詰まって。締切間近になっても全然書けない、1ミリも思い浮かばないっていうのは初めての経験でした。
『ロストデイズ』っていうドラマに出ている俳優さんのことだったり、お話の内容だったり。どういう人が見てるんだろうっていうところも考えて。バンドがドラマの主題歌をやる比率は少ないじゃないですか。だからこそ、普段はバンドを聴かないような人も「あ、バンドだ」と思うように、それを一発で提示するような曲を書こうと思って。

Fanplus Music 2014年3月5日

対位法的作曲

 この曲は全体を通してメロディとベースラインの二本のメロディラインにギターのカウンターメロディが時として三本目のメロディとして対比される形で作曲されており、伴奏としての所謂コードがなっている部分はほぼありません。


Aメロ1番 ギターのカウンターメロディ
Aメロ2番 ギターとベースがオクターブユニゾンでカンターメロディ
サビとギターのカウンターメロディ

 間奏の後のサビの部分でドラムが沈黙する場面ではギターは八分音符の音型を繰り返しており、それがベースとボーカルと重なった結果とし和音が響く場面がありますが、コード感を与えるよりもオスティナートとしての効果のほうが強く感じます。

間奏後のサビのギターオスティナート


隠されたコード進行

 この曲は、ライブで演奏される際も同期を使わずに3人の楽器隊だけで生の音を出していますが、基本的にこの二度目のサビの部分で津野さんはオスティナートではなく、カッティングでコードを弾いているようです。 映像化されている『熱唱祭り』の際の演奏では下記のようなコードを演奏しておりCD音源とは全く印象の違う音楽になっています。

熱唱祭りの際のギターコード 一枚上と同じ部分

 おそらく、もともとこの曲を作曲した際はこのコード進行とメロディラインを想定していたと思われ、そうであるとすると非常に美しくて少し感傷的なメロディなのですが、CD音源化する際にはこのコード進行を完全に除外してしまっており、後の「Yo-Ho」でのCD音源とライブ演奏の違いと全く同じ現象です。 なぜそのようなアレンジをしたのか、答えは下記のインタビューにありました。

歌い方もそうですけど、絶対に楽でいちばん良いキーで出すと、この曲ってバンド感を提示したいのにバンド感より叙情感が勝ってしまうんです。そこが難しいバランスで。バンドです、っていう感じを出すっていう(笑)。

M-ON! Music

 ただ、実際に繰り返しCD音源を聴いている人は、自然とこのコード進行を(繰り返し時ではなく最初のサビのボーカルとベースメロディから)想像して聴いていると思われ、実際にライブで津野さんがこのようなコードを弾いても違和感は全くないと思います。


2. 「きっかけ」

BPM 80前後(ゆらぎあり)。
4/4拍子
イントロ →Aメロ→サビ→間奏→Aメロ→サビ→サビ繰り返し→アウトロ
E minor / G major

 この曲は下記の4小節のパターンがイントロ、Aメロ、サビ、アウトロを通して計16回繰り返される非常に特異な曲です。

きっかけの16回繰り返されるオスティナート

 ドーレーミの音型(ピアノの左手)はサビの最後の小節を除いて全く変化無く29回繰り返されます。 これに乗るメロディはラーシーレ、 ラーシーファ♯ の繰り返しが基本で、それぞれ基本音型に対して6度ー6度ー7度(+4度)、6度ー6度ー13度(2度)+4度という如何にも津野さん好みの、明るいか暗いか分からない空虚な響きです。 サビの最後(合計3回)以外はこのの音型が延々と繰り返されます

 この繰り返しの上で全く性格が違うAメロとサビのメロディが歌われます。 下記の様ににベースの音を変える事によって、同じ音型の繰り返しの上であるにもかかわらず違う響きになっています。

 この曲のメロディは如何にも赤い公園・津野さんらしいもので、特にAメロの”(なく)なっちゃった” ”終えたいな”の部分のリズムとメロディは、歌っているのか呟いているのか、笑っているのか泣いているのか分からないような非常に印象深い物だと思います。

「きっかけ」 ボーカルとピアノパート
「きっかけ」のボーカルとピアノ(2)

 この繰り返し音型がピアノで奏でられている事、和音の響き、繰り返しの上で違う音楽が展開して行くと言う構造の3点から、この曲は津野さんが好きなドビュッシーのピアノ曲を想起させます。 リズムのパターンは違いますが、繰り返し音型の響きや全体的な印象から「雪の上の足跡」(ピアノのための前奏曲第一集の第6曲)を思い浮かべる方もいるのではないでしょうか。

こういう心境を今までなかなか言葉にしようと思っても出来なかったんで。それでより“歌詞っぽい歌詞”になってきた部分はあって、それをバンドサウンドでやる…意外と制限があったんですよ。今回はそれが素直に言葉に出来たのと、C/Wっていうこともあって、簡単に言うと使う楽器の制限もない。もう一番いい形でパッケージすることが出来た気がします

ぴあ関西版Web 2014年6月16日

 この曲には赤い公園のCD音源としては初めてゲストミュージシャン(徳澤青弦チェロカルテット)が参加しています。 四本のチェロは基本的にはピアノのパターンをなぞっているので和声ではなく音色の変化を狙ったものと思いますが、このアイデア自体が津野さんのものなのかプロデューサーの亀田さんのものなのかは、言及されているインタビューを見つけられていません。

きっかけのピアノとチェロカルテット

悲しみも希望もすごく静かなところにあるなって。今でも思い出すと、部屋の空気の音っていうか、エアコンの室外機の音しかしていないような。電気もついていなくて、窓から街灯の光が入ってきていた静かな夜。自分の息の音も聞こえるような。だから始まりを静かにしているんです。

Interview File CAST vol.49

 この曲について津野さんは”完全にすっぴん”と言っています。 もちろん、「絶対的な関係」と対比した上の事であり、また歌詞やメロディ等の曲そのものの事を言っているのだと思いますが、アレンジに関してはどこまで”すっぴん”と言えるのか、どの程度亀田さんの意向が反映されているのか、具体的に言及されている文献が見つからず分かっていません。 上述の生のストリングス(チェロカルテット)の追加の他に、バックで流れている一瞬人の話し声のようにも聞こえるノイズが耳をひきます。 この音は深夜に一人で無音の部屋にいて、聞こえるはずが無い(聞きたく無い)声・音が聞こえて来てしまう様な、その音がある事で余計に静寂が強調されるようなタイプの音で、『純情ランドセル』に収録された「おやすみ」でも同じ様なアイデアが使われています。  ただ、この曲の場合は無表情に繰り返されるゆっくりとしたピアノの繰り返しとその間合い(右手の和音が小節の最後まで引き伸ばされるのに対して左手の低音は三拍目から無音になる)からだけでも十分に静寂は伝わってくるように思えます。


3. 津野さんの意図

津野 そうそう。「絶対的な関係」はFacebookとかTwitterのアイコンに使う詐欺写メみたいなもので。で、「きっかけ」は完全にすっぴんっていう(笑)。

音楽ナタリー 2014年3月11日

 上述のように、赤い公園の歴代シングルの中で現時点でも最高の売り上げを誇り、ライブでも頻繁に演奏された「絶対的な関係」ですが、津野さん自らこれを”詐欺写メ”と呼んでいる事はこのインタビューを読み返すまで気がついていませんでした。 普通に解釈すれば”この曲は本来の自分達の本来の姿ではないが、これをきっかけに赤い公園らしい曲も好きになって欲しい”と言っている事になります。 また、このタイミングで「きっかけ」を”完全にすっぴん”と呼んでいるのは非常に興味深い事で、今まで通り自分達のやりたい曲をやり続けるなら、A面の「絶対的な関係」ではなくB面のような曲を作り続けたいが、売れる為には他人の力を借りてメイクして貰う覚悟がある、という意味でしょうか。 

 ただ、売り上げ数は別として本当にこれ以降若いファンが急激に増えたかと言うと、決してそうではなかったように思えます(データが有るわけではないのですが)。 例えば旧体制最後のライブ「熱唱祭り」はまだ比較的年齢層が高かったように記憶していますが、「The Last Live」の際の会場は一転して若い人や女性の比率が高くなっており(あくまでそれぞれ会場で自分が観察した印象ですが、外れてはいないと思います)、津野さんとしてはもっと早くファンの幅を広げて行きたかったのだろうな、とも思います。
 このシングルのリリース以降、アルバム収録曲も含めて曲調が変化して行き、「きっかけ」のようなタイプの曲はシングルのB面に収められる傾向が見られるように思います。

 このシングルが発売されたタイミングで津野さんは単独でかなり長いインタビューに答えていますが、その中に下記のような部分があります。

父(つのごうじさん)には「これは新しい、これは新しくない」っていう口癖があって。 私はそれがすごく嫌だったんですよ。だって、私がすごく好きな歌手がテレビで歌っていても、「これは新しくない」ってバッサリ切っちゃうから。新しい、新しくないじゃなくて、いい曲かどうかのほうが大事だって、ずっと思っていたんですけど、こうやって自分で音楽をやっていくようになって、それってめちゃめちゃ大事じゃんって(笑)。やっと分かった。

Interview File CAST vol.49

 一方で同時期の別のインタビューでは「絶対的な関係」について”100%新しいものではないキャッチーなメロディがようやく作れた”と語っていました。 

メロディがめちゃめちゃキャッチーで、100%新しいものではない感じ? 寄せ集めてグチャグチャに混ぜて作った、みたいなものがようやく作れて。

M-ON! Music

 自分の作る作品が”新しいもの”でなければいけないという思いは、真摯なアーティストであれば必ず持っている物であると思いますが、津野さんの場合はその思いはおそらく人一倍強く、また、その自分の持っている音楽的な個性をそのまま作品にぶつければ自然に”新しいもの”が出来てしまうタイプの作家だったのではないでしょうか? 「きっかけ」はまさにそのような作品だと思います。
 そして、それだけ確固とした個性と才能を持っていたからこそ、音楽的な影響について包み隠さず話していたのだと思います。 影響を受けていても、元の作品よりも”新しいもの”が出来ているという自負があるからこそ。 このように考えると、津野さんが”寄せ集めて作った100%新しいものではない”メロディを持つ「絶対的な関係」は職業作曲家としての自分の進歩の認識であると思います。 

4. 赤い公園の音楽の変化

 振り返って見ると、やはりこの曲を転機として赤い公園の音楽は大きく変わっていったようです。 音楽性だけを考えると、「黒白盤」から「公園デビュー」を経て「風が知ってる」までが第一期の赤い公園と考えられるように思います。
 アルバムにはこの後もデビュー当時やそれ以前の曲が収録されていく為この変化は当時あまりはっきりとは目立たなかったのですが。

 上に引用したインタビューには続きがあります。 津野さんの”詐欺写メ”発言に続いて、佐藤さんははっきりと「きっかけ」をカップリングしたのは確信犯的であると発言しています。

津野 そうそう。「絶対的な関係」はFacebookとかTwitterのアイコンに使う詐欺写メみたいなもので。で、「きっかけ」は完全にすっぴんっていう(笑)。
佐藤 まさに! 若者たちが多く観るであろうドラマで、私たちのお客さんには少ない層をつかめるチャンスだと思うから。そこに思いっきり乗っかっていきたいなって。「絶対的な関係」と一緒に「きっかけ」を出すのも私たちの確信犯的な狙いがあるので。そこも含めて楽しんでもらえたら、と思います。

音楽ナタリー 2014年3月11日

 結果として、この後の赤い公園は更に厚化粧をする道を選び、「きっかけ」のような”すっぴん”の曲はシングルのB面やアルバムに紛れ込んで発表されて一部のファンのみが注目する、という状態になっていったように思います。  そのように考えると、このインタビューは佐藤さんが脱退を決意するに至る葛藤の始まりなのかも知れません。