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物語 「遠い国の海鳴り」

十六の夏、私は七つの硝子のような石を鞄に入れ、自転車に乗った。熱い光を浴びながら国道を横切り、松林を抜け、海に向かった。
石はみな透明で、淡い桃色や、オレンジや、翡翠のような緑があった。私は去年の祭りの縁日でそれを買い、それが神秘的な力を秘めているということを本で読んだのだった。私が買った石は、実は水晶のかけらで、たとえば桃色のローズ・クォーツを持っていると優しい気持ちになれるし、紫のアメジストは波だった感情を落ち着かせ、遠くで待っている恋人を招き寄せてくれる。石を枕のそばに置いて寝ると、落ち着いて眠ることができるという。
なんとなく毎日がうまくいかなくなったとき、それらの石の力を強めることで持ち主は元気になれる。石の力を強めるには、海辺の波にそれらを浸し、輝く光にかざさなければならない。本にはそう書いてあった。
 
自転車を降り、海に着くと、私は汗を拭きながらプラム・ジュースを飲み、溶けかかったチョコレートを頬張った。甘さが口中に広がり、熱い放射線は私の目を射た。
しばらくの間、焼けるような白い砂の上に座って海を眺めていた。数人のサーファーが波に乗っているのが見えた。この海は波が荒くて遊泳禁止なので、泳ぐ人はほとんどいない。本当はサーフィンも禁じられている。
一人、際立って上手なサーファーがいた。高い波が来たとき、そのサーファーは波のリズムに乗って滑らかに海の上を滑った。私はわずかな間、彼が転ばないように祈った。だがしばらく波に乗った後、サーフボードは空中に反転し、白い波が砕けた。サーファーは海の中に立ち、ぶるっと頭を振って髪の海水を飛ばした。

私は立ち上がって、白い泡が打ち寄せる海辺を歩き、貝殻を探した。たくさんのくらげや色とりどりの海藻、美しい巻貝の殻がすぐに見つかった。貝殻をそっと耳にあてると、遠い国の海鳴りが聞こえた。
私は鞄を開け、持ってきた七つの石を一つづつ海水に浸した。一つだけ、群青の石を浸すと、濃い青い色が流れ出したので、私は慌てて海水から取り出さなければならなかった。

ふと顔を上げると、黒い髪に濃い眉をした、さっきのサーファーが私の前に立っていた。がっしりした指先から海の水がぽたぽたと垂れている。
「何してるの」
青年は私に問いかけた。
年は二十二、三だろうか。
私はどぎまぎして何も答えられなかった。青年はサーフボードを砂の上に置くと、私のそばに座った。
「きれいだね」
青年は私の石を見て言った。私のベージュのワンピースの裾が風になびいていた。
私も青年の隣に座った。傾きかけた陽が波に照り返され、海に光の柱を投げかけていた。

いつの間にか私は泣いていた。私は青年に、昨日母と喧嘩したことを話していた。青年は何も言わず、ただ頷いて聞いてくれていた。
「僕にも優しいお母さんがいるよ」
青年は言った。

会話が途切れたとき、青年はキスしてもいいか、と私に尋ねた。
私は、ルビーのイヤリングをくれるなら一度だけ口づけしてもいい、と言った。青年は、恋人に贈る指輪が買えなくなる、と言った。僕はもうじき結婚するのだと言った。

私たちは笑って別れた。パウル・クレーの描く「青い夜」のような闇が、ひたひたと私の心に打ち寄せていた。私は自転車に乗り、家路についた。家に着くまで、遠い空から、白い月が静かに私を照らしていた。

 あの日のことを、遠い時間が経った今も、私は忘れることができない。


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