燕市吉田地区6|あたたかい仕事終わりの光景
(「燕市吉田地区5」から続く)
礼を言って玉川堂を後にしたときには、すでに辺りは暗くなっていた。
実はもうひとつだけ行っておきたい場所があった。通りを真っすぐ進み、川が見えたところで右に折れて、ほどなく。三階建ての雑居ビルの一階に、目当ての看板が出ていた。「みんなの図書館 ぶくぶく」とある。
端的に言えば、私設図書館である。完全な民営であり、地域住民らが本棚の一角を借りて本を陳列・貸出する一箱本棚オーナー制度を特徴とする。近頃、そういったシステムの本屋はよく目にするが、その図書館版といえば分かりやすい。静岡の焼津にある一店に端を発し、いまは全国で二十数カ所にまで広がっているという。
ここを知ったきっかけは、先日訪れた吉田いちび通り商店街にあるカフェのオーナーだった。いい本屋はないか、と聞くと、おもしろい取り組みをしている、と勧めてくれたのだ。
しかし、今夜ここに来たかった理由は、私設図書館というものを見たかったからだけではない。
「玉川堂のとこの職人さんがやってるらしいよ」
そのオーナーのひとことが決め手となっていた。つまり、ここに来たことも、職人を知る旅の途上というわけである。
館内には、壁二面に本棚と、中央に大机が二台置いてあった。机を囲んで、二人の男性と一人の女性が談笑している。女性が私に気づき、明るく声をかけてくれた。
「こんばんはー」
「あの、玉川堂の方がやってるって聞いて」
「あ、私です!」
彼女が館長の白鳥さんだった。若く、人を惹きつける活気がある。
二人の男性は、ひとりは近所の学校教師、もうひとりは燕の煙管職人だった。こちらに気づき、教師氏はにこやかに会釈をし、煙管職人氏は寡黙に一瞥をしてくる。
ここは職人仲間の集会所でもあるのかもしれない。すると、ガラス戸が開いて、男女の一組が入ってきた。手を上げて、白鳥さんと軽い挨拶を交わす。
「同僚です」
彼女がそう教えてくれる。退勤後に遊びに来たのだという。
私の予感はあながち外れてなかったのかもしれない。すると、再びガラス戸が開いて、少女一人と、腕に抱かれた犬一匹が入ってきた。はじける笑顔で勢いよく喋り出す。
「社長の娘です」
すかさず白鳥さんの解説が入る。
ほえー、と声にならぬ声が漏れる。私の予感は当たって……いや、降参だ。社長令嬢も集うなどと誰が予想できただろうか。
こんなにもあたたかい仕事終わりの光景を見ることが、私は初めてだった。