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パンドラ・イン・ジ・オーシャン -9-
この空洞に入った時に視界を遮っていた高い丘を、アハトの案内で登っていった先に広がっていたのは真っ当な居住地であった。
この地が水中奥深くの立地であり木材の入手が困難な故か、泥を焼き固めた煉瓦を積み上げて建築されている。乾いた泥色の煉瓦が積み重なって作り上げた家宅は連なる蟻塚のそれによく似ていた。
「こんな水底に街があるなんて、ね」
「我々には必要性が薄いのですが、人間には必要なものですから」
「我々、か。見せてくれてもいいんだぜ、慣れてるからな」
「左様で、ございますか」
すり鉢のへりめいた丘の先に立って街を見下ろしていた俺とM・Hに並んでいたアハトは、表情をそも人間の顔を模した部位に現すことなくオジギして見せる。
と、彼女の姿が、服をつなぐ縫い目がほどけ布に戻るかの様に解けていく。それはあたかも人形型の袋に詰め込まれていた美麗な薄布が解放されていくシーケンスを経て、アハトは空洞に浮かぶ8メートルほどの透き通った紫色の海月となっていた。
アハトの姿は笠から触腕に至るまでLEDケーブルが仕込まれているように明滅する。その姿は充分な光量が供給されているこの閉鎖空洞に有ってなお美しくほのかに瞬いていた。
タコのたぐいは足の一本に走る神経系まで高度なニューロンとして機能すると聞いたことがあるが、さしずめ彼女は全身がいわば身体であり脳でもあるという事か。人語を理解し、人間そのままに擬態して見せるなど、極めて高度な生態を持った知性体と言える。
「お気に召しましたでしょうか?」
「オーケー、オーケー、人間から見ても君は美しいもんさ」
「全身の神経系がニューロンとしても機能しているのかしら……興味深いわ」
「おほめにあずかり、恐縮です」
巻き戻しムービーめいて彼女の姿が偽りの姿である人間の擬態に戻る。人間の思考の機微を理解して極力穏便にコミュニケーションを図ってくれるあたり、彼女達は非常に奥ゆかしい種族の様だ。
「初対面の際にこの姿でないと、強いショック症状を起こされる方が多いので……」
「心遣い、感謝する。陸地じゃ喋る生き物は人間以外にはあんまりいなくてな」
「人魚姫、ならぬ海月姫ってとこかしら?」
「姫などと滅相もございません。私は一介の侍従、という表現が近しいかと存じます」
どうやら、彼女はあくまで従僕であってここの長は他にいるという事らしい。楚々とした、一般の人間などよりもよほど美しい所作を伴ってアハトは俺達を誘導するように街へと降りる階段をくだっていく。
「ここの統治者ってことかしら」
「はい、長より我々が助けを求めた理由をお聞きいただけますでしょうか?」
「ええ、元よりそのつもりで来たんだもの」
街中の大通りにあたる道路を歩いていると、ここの住人らしき人間たちより奇異の視線を受ける。彼らの服装もまた古代日本の服飾の特徴がわずかにみられるものの、異なる変遷を経過したが故の変化が見受けられた。
蟻塚の街を二分する大通りの先、このドームの中央と思しき地点には一つだけ幾何学構造の水晶めいた物質で出来た施設が見える。この空洞の天井はその水晶施設から伸びて天井とつながるポールに支えられているように見え、また明るいと言っても大げさではない光量はその施設から供給されている事が確認できた。
【パンドラ・イン・ジ・オーシャン -9-:終わり:-10-へと続く】
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