世にCORALの導きあれ。 #AKBDC2023
アクヅメは不機嫌だった。
彼は生まれながらの反抗者であり、自分にとって興味ないもの、今やる気がないもの、あとでやろうと思うものに、周囲の人間が右に倣えで盛り上がっているのが大層気に食わないのだ。みんなが右と言ったらそれが正しいと思っていても左を選ぶ。それが彼の生き方だ。
特に、盛り上がりが激しいほど周囲で見聞きする回数は増えるし、そのたびにほとほとウンザリさせられる。彼は冷えたCORONAビールをラッパし、いつものバーを見回した。どいつもこいつも、今や吞んでいるのはCORONAではなく、CORAL……血のように真っ赤な液体で、アレを吞んでいるやつはひどく夢心地でうつろな目をしているのがこの上なく不気味だった。酒の酔い方ではない。
(ッハー……なんなんだよ、マジであれ。急に流行ってその辺のドラッグどころじゃねぇ中毒症状起こしてやがる。一体全体、世の中どうしちまったんだ。正気なのは俺だけなのか?Ohブッダ助けてくれ!)
よくよく見回せば、CORALを呑んでないやつも、いないでもなかった。だが、そいつらはそいつらでCORALが流行っている事になど全く気にしていないようで、いつものように与太話をし、自作を披露し、いつも通りの日々を過ごしている……ように見える。まるでCORALなど存在しないかのようだ。
(チクショウ、誰でもいいからアレが何なのか、どうして流行っているのか教えてくれよ……!)
アクヅメは苦悩を押し殺し、二本目のCORONAを煽った。さわやかなはずのCORONAビールは、今は、ひどく苦い気がした。
「どうしたんだアクヅメ、うかない顔して」
丸テーブルで坊主頭をかきむしっていたアクヅメの頭上から、不意に声がかかった。よく知っている男の声だ。地獄に渦巻く地鳴りのような。
「レイヴン!おい何か知っているなら答えてくれよ、なんだって一体どいつもこいつCORAL、CORALって……」
アクヅメは、顔を上げて声をかけてきた男を見上げた。黒い髪、黒い瞳、黒ずくめの服装、いつだって、誰に対してもジャンクを見るような、そんな死んだ眼の男を。そして、そこでようやく気が付いた。
(まてよ……そういえばコイツのコールサイン……)
この二週間と少しで、アクヅメは別のところから別の文脈で同じ単語を良く聞くようになった。傭兵、ワタリガラス、コールサイン、レイヴン……
どうやら、今流行っているゲームのプレイヤーを呼ぶ名称がそうらしい、ということはアクヅメも理解していた。マスターとか、ドクターとか、トレーナーとか、旅人とか、それらの同類だ。
それはつまり、アクヅメを取り巻いている流行り、その急先鋒ではないか。彼はそう警戒した。それらのジャンルに深く漬かっている物は、往々にしてそれらの呼称を自称する。
「CORALか、確かに流行っているが」
黒い男はそう言って、バー取り付けの冷蔵庫からミネラルウォーターを一本取り出してから、鷹揚にアクヅメの真正面に座った。おもむろに栓を開け、一口あおる。
「……やらないのかよ、CORAL」
「CORALをやると、手元が狂う」
「ハッ、そうかよ」
「それより誕生日なんだろう、何か高いのでも飲まないのか。今日なら奢るぞ」
「気分じゃねぇ。奢り権だけくれ」
「あいよ」
そこで会話が止まった。CORALを呑め、こそ言ってこないものの、アクヅメは目の前の凶鳥に対して警戒を解く気になれなかった。流行りものを押し付けてきたら懐の鉛玉を食らわせてやる、そういう覚悟で、アクヅメは聞いた。
「勧めてこないのかよ、アーマードコア6」
「今はやりたくないんだろう。そんな人間に勧めるほど、CORALに狂ってはいないつもりだが」
「マジで?俺はてっきり」
「ゲームをはじめるタイミングは、半分が運命、半分が自分の意志だ。どんなに良いゲームだろうと、気運に恵まれないならやらずに死ぬのも道理だろう」
アクヅメにも、レイヴンの黒い瞳に、赤黒い光が瞬いたのが見えた気がした。
「そっか、そっかい。それはそれでなんか肩透かしだなーっ!」
「やりたいのか?」
「今はやらねぇ、いつかやる、かもな。しかしよぅ、ここにいる連中雁首揃えて毎日毎日ネタバレしやがるから、見聞きしないようにすんのが大変でうんざりす……」
「アイツらが話している内容はおおよそ94.7%までゲーム中に一切存在しない、幻覚だぞ」
「……ハ?」
アクヅメを未曾有の衝撃が襲った。幻覚?ゲーム中に一切存在しない?ハハハそんな馬鹿な。皆揃って同じ夢見てるってか?冗談きついぜ。そんな軽口も、口からのど側に滑り落ちるほどの衝撃だった。
「待った、タンマ、レイヴン待ってくれ。いくらなんでも9割幻覚っておかしいだろ!おかしいよな!俺がネタバレだと思って必死に聞き流して忘れようとしていた内容がほぼほぼ全部幻覚幻聴!?どうなっているんだよこの世界!」
「事実だ」
「事実だ、じゃねえ!助けてくれ!思ったより世界いかれてた!あ、そうだこの世界をいぶんたい?ってやつって事にしてまともな世界に戻してくれドラえもん!」
「誰が青タヌキだ誰が」
「くそうマスター!テキーラもらうぜ!」
アクヅメはバーカウンターからかっぱらったテキーラをラッパし、むせた。誰もかれもが、CORALをイっている。強い酒は一層彼を正気へと追いやった。
「オーケイ、わかった、じゃあネタバレにならないように俺がキーワードあげるからあるかないかで答えてくれ」
「ああ」
「アーマードコア6」
「ある」
「……の各キャラクター名」
「ある」
「キャラクターのボイス」
「ある」
「キャラクターのキャラデザ」
「ゲーム中にある数点のラフスケッチを除いて、ない。ラフ上でも顔は全キャラほぼわからない」
「主人公の見た目」
「トレイラーでラップ巻きされている以上の公開情報はない。性別もさだかではない。当然ボイスもない」
「各企業」
「ある」
「……のマスコット」
「一切ない。全くない。におわせすらない」
「ルビコニアンデスなんちゃらとかいうシリーズ」
「全員いる」
「なんでそいつらはいるんだよ!!!!!!!!」
おお、ブッダよ。なにゆえ世の中こんな幻覚視聴者だらけにしたもうたのか。爆睡しているのか?ブッダが救世主ではないのは百も承知であるが、さすがにこれはなんとかしてほしい、アクヅメはそう願った。だが、ブッダは寝ていた。ネタバレはされていなかったが、ネタバレだと思っていた内容は全部らりっている奴らの幻覚だった。ブッダは寝ていたのだ。
「はあ……もういい、わかった。疲れたよ。もう怖いから AC6は当分触れないしCORALもやらない。こわい」
「そうか」
「……ところでよ。結局アンタのレイヴンって、アーマードコア由来なの?」
「ああ。かれこれもう十数年来のコールサインだ。『レイヴン』の中でそのままレイヴンを名乗るやつは極めて稀だから、被ることなくここまで来てしまったがな」
「そっかぁ」
「まあ、一度生まれたものはそう簡単には死なないらしいぞ。ハッピーバースデーアクヅメ。今年の一年もそうあるといいな」
「おう……」
流行り物をやらない理由ができたのはいいが、こんな怖い理由であってほしくなかった。心の底からそう思うアクヅメであった。CORALは変わらず、バーで流行っていた。
【終わり】
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